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虚空のレクイエム ―絶望の魔法世界で、少女は機械の記憶を歌う―  作者: 畠山ゆな@姉弟で小説共作✏️
覚醒の序曲と、空っぽの卵

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2/13

魔法世界の日常と「守護卵」


 カイルは、よく喋る方ではなかった。


 でも、必要なことはちゃんと教えてくれた。


 翌朝から、村の中を案内してもらいながら、この世界のことを少しずつ知っていった。


「ここはバルガ村。辺境の集落だ。天人族の帝国からは遠いから、比較的穏やかに暮らせてる」


「天人族?」


「この大陸を支配してる連中だ。俺たちとは違う」


 カイルは自分の尖った耳に触れてみせた。


「俺たちは獣牙族。天人族からは、ずっと下に見られてる」


 淡々とした言い方だった。怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない。ただ、事実として受け入れている、という感じ。


 ——差別、ってこと。


 胸の奥が、ちくりとした。うまく言語化できない、でも確かに覚えのある痛みだった。


「カナリアは? 耳、普通だな」


「……そうみたいです」


「珍しい。帝国の人間でもなさそうだし」


 カイルは少し考える顔をして、それからすぐに「まあいい」と言った。


「今は、それより飯だ」


---


 村の暮らしは、質素だけど温かかった。


 朝は共同の竈で食事を作って、日中は畑を耕したり、森で獲物を捕ったりする。夜は焚き火を囲んで、誰かが歌を歌う。


 カナリアは、村人たちの輪の中に、ゆっくりと溶け込んでいった。


 記憶はない。名前も、家族も、友達も。でも不思議なことに、手は動いた。料理の手伝いをすれば体が勝手に動いたし、子供に頼まれて縄跳びの縄を回せば、適切なリズムを体が覚えていた。


 ——わたし、ちゃんと生きてたんだ。


 そう思うと、少しだけ、自分という輪郭がはっきりした気がした。


---


 村に来て三日目の夜、長老に呼ばれた。


 長老の家は村の中でも一番古い建物で、壁には見たことのない文字が刻まれていた。魔法陣みたいな、複雑な紋様。


「カナリア。今夜は大事な話がある」


 長老は焚き火の前に座って、両手に何かを抱えていた。


 卵だった。


 手のひらより少し大きいくらいの、白い卵。表面がうっすらと光を帯びていて、見ているとじんわりと温かい気持ちになる。


「これは、守護卵という」


「守護卵」


「この世界の者は、一生に一度、自分の魔力を注いでこの卵を孵化させる。生まれた魔法生物は、主の心と繋がり、共に生きる分身となる」


 長老は静かに続けた。


「あなたがこの村に来た朝、草原の中にこれが落ちていた。あなたの傍らに」


 ——わたしの、卵。


「でも、わたし、魔力なんて」


「あります」


 長老は迷いなく言った。


「あなたの中には、わたしが今まで見たことのないほどの魔力が眠っている。それが今は、固く閉じているだけ」


 卵を両手で差し出された。


 受け取った瞬間、手のひらに温もりが広がった。生き物の体温みたいな、柔らかい熱。


「孵化には時間がかかる。でも、あなたが自分を信じる気持ちを注ぎ続ければ、いつか必ず応えてくれる」


 長老の目が、真剣だった。


「その子は、あなた自身の分身です。あなたの心が、形になった存在」


---


 その夜、カナリアは卵を抱えたまま、カイルと焚き火の前に並んで座っていた。


「守護卵、か」


 カイルは炎を見つめながら言った。


「俺のルナは三年前に孵化した」


 そう言って、肩を示した。いつの間にか、小さな狼のような生き物が丸まって寝ている。毛並みが月光に光っていた。


「可愛い」


「言うな、照れる」


 カイルがそっぽを向いた。その横顔が、少しだけ緩んでいた。


「カナリアのはいつ孵るかな」


「……わからない」


 卵に目を落とす。光は穏やかで、一定のリズムで明滅していた。まるで、呼吸しているみたいに。


「でも」


 思わず、声に出ていた。


「……早く、会いたい」


 カイルは何も言わなかった。でも、焚き火の明かりの中で、小さく頷いてくれた。


---


 この世界に来て、初めて、誰かと並んで空を見上げた夜だった。


 星が多かった。知っている星座は、一つもなかった。


 でも、それでよかった。


 ——ここには、知らないことがたくさんある。


 卵をそっと胸に抱いて、カナリアは初めて、この世界で眠ることができた。


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