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虚空のレクイエム ―絶望の魔法世界で、少女は機械の記憶を歌う―  作者: 畠山ゆな@姉弟で小説共作✏️
共鳴する三つの意志

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奏の「システム思考」:魔法の再構築




 問題は、明確だった。


 三種族の力を、一つに束ねる術式がない。


 かつての儀式の記録は残っていた。でも、その記録は「何をするか」は書いていても、「どうやるか」が書いていなかった。百年以上前に途絶えた儀式だ。やり方を知っている者が、もういない。


 リナは言っていた。海鱗族の共鳴だけでは、焼け石に水だと。


 ゼクスは言っていた。天人族の導法だけでは、龍脈を制御しきれないと。


 カイルは言っていた。獣牙族の命脈は、単体では拡散してしまうと。


 三つが揃って、初めて意味を持つ。


 でも、三つをどう繋ぐかが、わからない。




 隠れ家のテーブルに、四人が集まっていた。


 カナリア、カイル、ゼクス、マリン。


 テーブルの上に、古代図書館で複写してきた資料と、リナから借りた水路の記録が広げられていた。


 全員が、黙って資料を見ていた。


 沈黙が続いた。


 カイルが、先に音を上げた。


「読めない部分が多すぎる」


「古代語だから」


 マリンが言った。


「族長が読み下してくれたのは、一部だけ。全部は、時間がかかる」


「時間がない」


「わかってる」


 ゼクスが、一枚の資料を指した。


「帝国の記録と、水路の記録で、重複している部分がある。ここだ」


 全員が、その箇所を見た。




 図が描かれていた。


 三つの円が、互いに重なり合っている。天人族を示す円、獣牙族を示す円、海鱗族を示す円。三つが交わる中心に、小さな記号があった。


「この中心の記号は?」


 カナリアが、マリンに聞いた。


「わからない。族長も、はっきりとは」


「繋ぎ目、じゃないかな」


 全員が、カナリアを見た。


「三つが交わる場所。どの種族でもない、でも全種族に繋がっている何か」


「それが、何だ」


 カイルが聞いた。


「わからない」


 カナリアは、図を見つめた。


「でも、この図を見ていると——」


 何かが、頭の中でざわめいた。




 カナリアは、テーブルから立ち上がった。


「少し、考えさせてほしい」


「どこへ行く」


「部屋の中にいる。ちょっとだけ」


 隅の壁際に移動した。


 壁に背中を預けて、目を閉じた。


 ルニが、膝に乗ってきた。




 頭の中で、図を再現した。


 三つの円。重なり合う領域。中心の記号。


 天人族の導法——精密な制御。流れを読んで、整える力。


 獣牙族の命脈——生命力の注入。根を張って、定着させる力。


 海鱗族の共鳴——旋律で束ねる。バラバラなものを、一つに繋ぐ力。


 三つは、それぞれ全く異なる性質を持っている。


 ——これ、どこかで見たことがある。


 カナリアは、記憶の底を探った。


 記憶はない。でも、知識はある。体に染み込んだ知識。学校で学んだような、でも学校の記憶はない、不思議な知識。


 ——システム。


 その言葉が、浮かんだ。




 目を開けた。


 テーブルに戻って、資料を引き寄せた。


「聞いてほしいことがある」


 全員が顔を上げた。


「うまく説明できるかわからないけど」


「言ってみろ」


 カイルが促した。


「三種族の力を、別々のものとして繋ごうとするから、難しいんだと思う」


「別々ではないのか」


「性質は違う。でも、役割を分けて考えれば、一つのシステムとして機能する」




 カナリアは、紙に図を描き始めた。


「まず、天人族の導法は——入力の制御だ」


「入力?」


「龍脈に流れ込む魔力の量と方向を、精密に管理する。多すぎても、少なすぎてもダメ。適切な流量を保つ役割」


 ゼクスが、眉をひそめた。


「それは、理解している。だが、制御しながら他の力と同期させるのが——」


「難しいよね。そこが問題だった」


 カナリアは続けた。


「次に、獣牙族の命脈は——定着の処理だ」


「定着?」


「制御された魔力を、龍脈の各ポイントに根付かせる。植物が根を張るみたいに、魔力を大地に固定する役割」


 カイルが、腕を組んだ。


「命脈の使い手は、確かにそういう感覚で使っている。大地に押し込む、という感じ」


「そう。でも、制御なしに押し込んでも、流れが乱れる。だから天人族の導法が先に必要」




「で、海鱗族の共鳴は」


 マリンが、自分から聞いた。


「出力の統合だ」


「出力?」


「制御されて、定着した魔力を——世界全体に響かせる。点在するポイントを、全部繋いで、一つの流れにする役割」


 マリンは、少し考えた顔をした。


「共鳴って、確かにそういう感じがする。一か所で歌っても、遠くまで届く感じ」


「届くだけじゃなくて、繋げる。龍脈の全ポイントに、同時に響かせる」


「それが、できるの?」


「一人では無理。でも、複数の海鱗族が、心を揃えて歌えば——」


「心を揃える、か」


 マリンは、難しい顔をした。




 ゼクスが、資料を指した。


「一つ、問題がある」


「何ですか」


「三つの力が同期するには、タイミングが必要だ。天人族が制御を始めるタイミング。獣牙族が定着を始めるタイミング。海鱗族が共鳴を始めるタイミング。それぞれがバラバラでは、干渉し合って破綻する」


「そうだね」


「そのタイミングを、誰が制御する」


 沈黙が落ちた。


 全員が、カナリアを見た。


 カナリアは、図を見た。


 三つの円の中心。どの種族でもない、でも全種族に繋がっている場所。


「……わたし、かな」




「どういうことだ」


 カイルが言った。


「わたしは、三種族の魔力を統合できる。お母さんの記録にも、そう書いてあった」


「つまり」


「天人族の導法が動き始めるタイミングを感じて、獣牙族の命脈を合わせて、海鱗族の共鳴を引き出す。指揮者みたいな役割」


「指揮者」


 マリンが、その言葉を繰り返した。


「オーケストラみたいな感じかな。楽器がバラバラに鳴っても、音楽にならない。指揮者がいて、初めて一つの旋律になる」


「お前が、その指揮者になるということか」


「なれるかどうか、わからない。でも——」


 カナリアは、ルニを見た。


「ルニが、鍵だと思う」




 全員の視線が、ルニに集まった。


 ルニは、きょとんとした顔をしていた。


「ルニは、わたしの分身だ。でも、設定に書いてあった。すべての種族を統合する姿を持つ、って」


「確かに」


 カイルが言った。


「普通の守護生物は、主人の種族の特性を反映する。でも、ルニは違う」


「白銀の毛並みは、海鱗族の共鳴の色に近い。でも、翼は天人族の術式に似た形をしている。そして、大地に根ざす獣牙族の力も——」


「感じる」


 マリンが、ルニを見ながら言った。


「さっき気づいたんだけど、ルニの羽ばたきに合わせると、歌いやすい気がする。自然に、共鳴が出てくる感じ」


「本当に?」


「うん。試してみようか」




 マリンが、小さく歌い始めた。


 言葉のない旋律。でも、水路で聞いた歌より、もっと親密な歌だった。


 ルニが、目を細めた。


 羽をゆっくりと動かした。


 その羽ばたきに、マリンの歌が重なった。


 カナリアは、その感覚を受け取った。


 ——繋がっている。


 ルニとマリンの間に、細い光の糸のようなものが見えた気がした。見えた、というより、感じた。魔力の流れが、ルニを経由して繋がっている感覚。


「カイル」


「なんだ」


「命脈を、少しだけ使えますか」


「使えるが」


「ルニに向けて、試してほしい」


 カイルは、少し考えてから頷いた。


 手を地面につけた。目を閉じた。


 しばらくして、カナリアの足元に、温かい振動が伝わってきた。


 ルニが、その振動を受け取った。羽の動きが、少し変わった。マリンの歌が、その変化に応じた。




「感じるか」


 カイルが、目を開けずに聞いた。


「感じる」


 カナリアは答えた。


「三つが、ルニを通して繋がってる。まだ弱いけど——確かに繋がってる」


「本当に機能するのか、これは」


 ゼクスが、静かに言った。


「機能の片鱗は、ある」


 カナリアは答えた。


「でも、今は三人だけ。本番は、もっと多くの人数が必要だ。そして——」


「心が揃っていなければ」


 マリンが、歌を止めて言った。


「そう」




 ゼクスが、資料を置いた。


「術式として、理論は成立している」


 全員が、ゼクスを見た。


「天人族の観点から見れば——制御、定着、出力という流れは、魔力工学の基本に一致する。これは、古代の経験則が、理論的に正しかったということだ」


「帝国は、これを知らなかったのか」


 カイルが聞いた。


「知っていた。でも、海鱗族と獣牙族なしには成立しないと認めたくなかった」


 カイルは、短く鼻を鳴らした。


「百年間、プライドのために世界を枯らしてきたのか」


「……そうなる」


 ゼクスは、目を伏せた。


 その横顔に、カナリアは何も言わなかった。


 言えることが、なかった。




「問題は、まだある」


 カナリアは、資料に目を戻した。


「術式の理論はわかった。でも、実際に龍脈のどこで儀式を行うか、まだわかっていない」


「龍脈の要所、ということか」


「うん。ゼノビアの地下に、龍脈の結節点があるはずだ。そこが、一番効率がいい」


「場所の特定は、できるか」


「帝国の記録と、水路の記録を合わせれば——マリン、リナ族長に聞けますか」


「聞いてみる。族長は、水路の地形を把握している。龍脈の流れも、感じ取れるはずだから」


「お願いできますか」


「うん」


 マリンが、立ち上がった。


 扉に向かいながら、振り返った。


「一つだけ聞いていい?」


「なんですか」


「カナリアって、この世界に来る前、何をしていた人なの?」


 カナリアは、少し考えた。


「……わからない。記憶がないから」


「でも、システムとか、入力とか、指揮者とか——そういう考え方、この世界の人はしない」


「そうかも」


「どこで覚えたの?」


「体が、知ってた」


 マリンは、しばらく考えてから、頷いた。


「なんか、納得した」


 扉を開けて、出ていった。




 カイルが、腕を組んだ。


「術式はわかった。場所もわかりそうだ。あとは——」


「人が必要だ」


 カナリアは言った。


「天人族の術者、獣牙族の命脈の使い手、海鱗族の共鳴の使い手。それぞれ、最低でも十名以上」


「獣牙族は、集められる」


「帝国の術者は、俺が動かす」


 ゼクスが言った。


「海鱗族は」


 全員が、その問いを空中に置いた。


 答えは、まだなかった。




 夜が更けていた。


 テーブルの上に、資料が広がったままだった。


 カイルが、欠伸をしながら言った。


「今日はここまでか」


「うん。頭が飽和してきた」


「お前にしては、珍しい言い方をするな」


「飽和って、おかしかった?」


「この世界では、あまり使わない言葉だ」


 カナリアは、笑った。


「体が覚えてた言葉だから」


「どんな世界にいたんだか」


「わからない。でも、こういうことを考えるのは、嫌いじゃなかったみたい」




 ゼクスが、立ち上がった。


 扉に向かって、止まった。


 振り返らずに言った。


「術式の理論を、整理しておく。明日、帝国側の術者と話をする」


「ありがとうございます」


「礼はいい。まだ、何も成功していない」


 カナリアは、その背中に言った。


「一つだけ」


「なんだ」


「今日、ゼクスさんが頭を下げたこと——リナ族長は、ちゃんと見てたと思います」


 ゼクスは、しばらく黙っていた。


「……関係ない」


「関係ある」


「なぜ」


「信頼は、行動で作るって、あなた自身が言ったから」


 ゼクスは、また黙った。


 それから、扉を開けて出ていった。


 でも、出ていく直前、背中が少しだけ、柔らかくなった気がした。




 カイルが、資料を片付けながら言った。


「あいつ、変わったな」


「変わった?」


「最初に会った時と、全然違う」


「そうかな」


「お前は気づいてないのか。ゼクスが笑ったのを見たか、今日」


「笑った?」


「ほんの少しだけど。マリンがルニに歌ってやった時、口元が動いた」


 カナリアは、思い返した。


 気づかなかった。


「……人間だったんだ」


「当たり前だろ」


 カイルは、呆れた顔をした。


「最初から人間だ。ただ、閉めてただけで」




 カナリアは、資料を一枚だけ手に取った。


 三つの円が重なる図。


 中心の記号。


 ——これが、わたしの役割。


 どの種族でもない。でも、全種族と繋がれる。


 記憶がない。過去がわからない。本当の名前もまだ知らない。


 でも、この図の中心に立てるのは、そういう自分だからかもしれない。


 何も持っていないから、全部を受け取れる。


 ——悪くない。


 そう思えた。




 ルニが、資料の上に乗ってきた。


「邪魔」


 ルニは動かなかった。


「乗るなら、せめて図の上だけにして」


 ルニは、少しだけずれた。図の中心の上に、ちょこんと座った。


 カナリアは、思わず吹き出した。


「……わかってるの、あなた」


 ルニが、澄ました顔で鳴いた。


 白銀の声が、夜の部屋に響いた。


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