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虚空のレクイエム ―絶望の魔法世界で、少女は機械の記憶を歌う―  作者: 畠山ゆな@姉弟で小説共作✏️
共鳴する三つの意志

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三種族の秘儀:失われたパズル




 海鱗族の族長に会えたのは、マリンと出会ってから三日後だった。


 場所は、ゼノビアの地下水路だった。


 街の地下に、古い水路が網の目のように張り巡らされている。観光客も、帝国の兵士も、滅多に立ち入らない場所。そこに、海鱗族の一部が住んでいるとマリンが教えてくれた。


「地上に居場所がないから」


 マリンは、淡々と言った。


「ここなら、誰にも邪魔されない」


 カナリアは、その言葉の重さを黙って受け取った。




 水路の奥に進むほど、空気が変わった。


 湿った石の匂い。水の音。そして——歌声が、聞こえてきた。


 言葉のない、旋律だけの歌。でも、その音が、空気を柔らかく変えていた。水路の壁が、わずかに光を帯びているように見えた。


「海鱗族の魔力だ」


 カイルが、小声で言った。


「歌で、空間そのものを変える」


「綺麗」


「危険でもある。感情を込めれば、聞いた者の心に直接働きかける」


 カナリアは、歌声に耳を澄ませた。


 今は穏やかな旋律だった。でも、確かに、胸の奥が温かくなる感覚があった。




 水路が広くなった場所に、人が集まっていた。


 十数名の海鱗族。大人も、子供も、老人もいた。全員が、カナリアたちを見ていた。警戒の目だった。でも、敵意とは少し違う。値踏みする目だった。


 中央に、老女が座っていた。


 小柄だった。でも、その目が鋭かった。年齢を感じさせない、澄んだ琥珀色の瞳。


「族長だ」


 マリンが小声で言った。


「リナ・シェール。海鱗族の長老の中でも、一番頑固な人」


「頑固って言うな」


 老女が、マリンを見た。


 マリンが、身をすくめた。


「聞こえてたの?」


「いつも聞こえてる」




 リナ・シェールは、カナリアを見た。


「マリンから話は聞いた」


「ありがとうございます、会っていただいて」


「礼を言うのは早い。話を聞くとは言ったが、動くとは言っていない」


「わかっています」


 リナは、ゼクスを見た。


「天人族も来ているのか」


「はい」


「なぜ、こいつを連れてきた」


 カナリアは、答えた。


「三種族が必要だから。帝国抜きでは、龍脈の再起動はできない」


「信用できない」


「そうですね」


 カナリアの答えに、リナが少し目を細めた。


「否定しないのか」


「信用できないのは、本当のことだから」




 ゼクスが、一歩前に出た。


 リナは、その動きを目で追った。


「帝国を代表して、謝罪する」


 ゼクスが言った。


 その場が、静まり返った。


 カナリアも、カイルも、息を呑んだ。


 ゼクスが、頭を下げた。


「海鱗族に対して、帝国が行ってきたことは、間違いだった」


 短かった。でも、はっきりしていた。


 リナは、しばらくゼクスを見ていた。


「言葉だけなら、誰でも言える」


「そうだ」


「行動で示すつもりがあるか」


「ある」


「何ができる」


「徴収した者を全員返す。帝国の施設に収容している海鱗族も含めて」


 リナの目が、動いた。


「……本当か」


「約束する」




 水路に、静寂が落ちた。


 歌声が、止まっていた。


 リナは、長い間、何も言わなかった。


 やがて、口を開いた。


「一つだけ、確かめたいことがある」


「なんですか」


 リナは、カナリアを見た。


「龍脈の再起動に、本当に三種族の力が必要か。それとも、帝国が我々を利用するための方便か」


 カナリアは、答えた。


「両親の遺した記録に、書いてありました。古代図書館で読みました」


「セラとリュウの娘か、あなたは」


 カナリアは、少し驚いた。


「ご存じなんですか」


「知っている。セラは海鱗族の共鳴を研究していた。何度も、我々のところへ来た」


 リナの目が、遠くなった。


「良い人だった。我々を、対等に扱ってくれた唯一の研究者だった」




 カナリアは、胸が温かくなった。


 お母さんは、ここにも来ていた。


 ここでも、境界線を越えようとしていた。


「セラの娘なら」


 リナが続けた。


「話だけは、聞いてやる。それ以上は、まだ約束できない」


「十分です」




 リナが、水路の奥に目を向けた。


「古い記録を、見せよう」


 立ち上がって、水路の奥へ歩き出した。


 全員が、後に続いた。




 水路の最奥に、小さな部屋があった。


 岩を掘って作られた部屋。壁一面に、文字が刻まれていた。


 カナリアは、その文字を見た瞬間、息を止めた。


 古代図書館で見た文字と、同じ書体だった。


「これは」


「我々が代々守ってきた記録だ」


 リナが、壁に手を触れた。


「龍脈がまだ満ちていた頃の、三種族の記録」




 壁に刻まれた文字を、リナが読み上げた。


 その内容が、頭の中で形になっていった。


 かつて、三種族は別々の場所に暮らしながらも、一年に一度、龍脈の要所に集まっていた。天人族が精密な制御を担い、獣牙族が大地に命脈を根付かせ、海鱗族が三つの力を一つに束ねる共鳴を奏でた。


 それが、龍脈の定期的な再生儀式だった。


「いつから、やめたんですか」


 カナリアが聞いた。


「帝国が力を持ち始めた頃だ」


 リナは答えた。


「天人族が、儀式の主導権を握ろうとした。我々は拒んだ。獣牙族も拒んだ。それ以来、儀式は行われなくなった」


「何年前ですか」


「百年以上前だ」




 カイルが、低く言った。


「百年以上、龍脈を放置してきたのか」


「放置、ではない」


 リナは、カイルを見た。


「我々は、細々と続けていた。でも、三種族が揃わなければ、本来の効果は出ない。海鱗族だけの共鳴では、焼け石に水だった」


「だから、枯渇が進んだ」


「そうだ」


 ゼクスが、静かに言った。


「帝国の記録にも、同様の記述がある。儀式が途絶えた頃から、龍脈の減少が加速した」


 カイルが、ゼクスを横目で見た。


「それを知っていて、儀式を再開しなかったのか」


「プライドが、邪魔をした」


 ゼクスは、短く答えた。


「帝国が頭を下げて、海鱗族や獣牙族に頼む。それができなかった。百年以上、できなかった」


 カイルは、何も言わなかった。


 でも、その目が、少しだけ変わった。




 リナが、壁の奥の文字を示した。


「儀式には、三つの条件がある」


 カナリアは、真剣に聞いた。


「一つ目。天人族の導法。龍脈の流れを精密に制御し、暴走を防ぐ」


 ゼクスが頷いた。


「それは、帝国の術者が担える」


「二つ目。獣牙族の命脈。大地に生命力を注ぎ込み、龍脈を安定させる」


 カイルが、腕を組んだ。


「東区画の仲間に、動ける者がいる。命脈の使い手は、そう多くないが——いる」


「三つ目」


 リナは、一拍置いた。


「海鱗族の共鳴。三つの力を一つに束ね、龍脈全体に響かせる。これが、最も難しい」


「難しい理由は?」


「共鳴は、歌い手の心が揃わなければ成立しない。一人でも、迷いがあれば、全体が乱れる」




 カナリアは、その言葉を受け取った。


 心が揃う。


「族長。一つだけ聞いていいですか」


「なんだ」


「今の海鱗族に、心を揃えられる状態ですか」


 リナは、カナリアを見た。


「どういう意味だ」


「長年、傷つけられてきた。外界を信じていない。そんな状態で、天人族や獣牙族と心を合わせることは——難しいんじゃないかと思って」


 リナは、しばらく沈黙した。


「……正直な娘だ」


 やがて、低く言った。


「難しい。本当のことを言えば、今の我々には、共鳴を完全に奏でる準備ができていない」


「何が足りないんですか」


「信頼だ」


 リナは、まっすぐに答えた。


「百年以上積み重なった不信を、言葉一つで消すことはできない」




 沈黙が、水路に満ちた。


 水の音だけが、続いていた。


 カナリアは、考えた。


 信頼。


 言葉では作れない。時間もない。でも、なければ始まらない。


「時間をください」


 カナリアは言った。


「今すぐ答えを出してほしいとは言いません。でも、諦めてほしくもない」


「何をする気だ」


「わからない」


 正直に答えた。


「でも、何かできることがあると思う。信頼は、時間だけじゃなくて——行動でも作れると思うから」


 リナは、カナリアを見た。


 その目が、少しだけ柔らかくなった。


「セラに、似ているな」


「……そうですか」


「同じ目をしている。諦めを知らない目だ」




 帰り道、水路を歩きながら、カイルが静かに言った。


「難しいな」


「うん」


「信頼を作るのに、時間がかかる。でも、時間がない」


「わかってる」


「答えは出たか」


「出てない」


 カナリアは、歩きながら考えた。


 信頼を、行動で作る。


 何ができるだろう。


 言葉ではない。約束でもない。


 ——実際に、何かをする。


 その考えが、頭の中でゆっくりと形になっていった。




 ゼクスが、後ろから言った。


「一つ、提案がある」


 全員が振り返った。


「帝国の施設に、今も海鱗族が収容されている。先に、彼らを返す」


「約束したことじゃないですか」


「約束だが——今すぐやる。交渉の結果を待たずに、先にやる」


 カナリアは、ゼクスを見た。


「それは、あなたの一存でできるんですか」


「俺の権限でできる範囲がある。皇帝への報告は後になるが——まず、動く」


 カイルが、ゼクスを見た。


「なんで、先にやる」


「信頼は行動で作ると、カナリアが言った」


 ゼクスは、淡々と言った。


「それが正しいなら、俺も行動する。言葉より先に」




 カイルは、しばらくゼクスを見ていた。


 それから、短く言った。


「……悪くない」


 ゼクスは、何も言わなかった。


 でも、その表情が、かすかに変わった。


 怒りでも、嘲りでもない。


 何か、初めて感じる表情だった。




 マリンが、カナリアの隣に来た。


「族長、動くと思う?」


「わからない」


「でも、諦めてない顔してる」


「諦めてない」


 マリンは、少し考えてから言った。


「族長がセラの名前を出したのは、初めて見た」


「え?」


「セラのことは、ほとんど話さない人なんだ。大切にしまってる記憶だから」


 カナリアは、胸が締まった。


「それを、話してくれた」


「うん」


 マリンは、水路の天井を見上げた。


「あなたのことを、気に入ったんだと思う。族長なりの、気に入り方で」




 水路を抜けて、地上に出た。


 夜の空気が、冷たかった。


 星が、多かった。


 カナリアは空を見上げながら、今日わかったことを整理した。


 三つの条件が、揃っていない。信頼が、足りない。時間が、ない。


 でも、今日、確かに一歩進んだ。


 リナが話してくれた。ゼクスが頭を下げた。カイルが動いてくれた。マリンが橋渡しをしてくれた。


 全員が、少しずつ境界線を越えていた。




 ルニが、カナリアの肩で鳴いた。


 白銀の声だった。


 カナリアは、ルニを見た。


 毛並みが、星明かりに輝いていた。


 黒い霧は、もうなかった。


 完全な白銀だった。


「ルニ」


 呼ぶと、ルニが頬に擦り寄った。


 温かかった。


「まだ、ピースが足りない」


 カナリアは、小声で言った。


「でも、集まってきてる」


 ルニが、また鳴いた。


 その声が、夜の空に溶けていった。


 パズルの欠片が、少しずつ、正しい場所に向かって動いていた。


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