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虚空のレクイエム ―絶望の魔法世界で、少女は機械の記憶を歌う―  作者: 畠山ゆな@姉弟で小説共作✏️
共鳴する三つの意志

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16/25

境界線を越える手:奏の決意




 翌朝、隠れ家に全員が集まった。


 カナリア、カイル、タオ、タオの母親。そして——ゼクスだった。


 将校服を着ていた。でも、昨夜の倉庫で見た顔と、同じ顔をしていた。入ってきた瞬間、カイルの目が鋭くなった。タオが、母親の後ろに身を寄せた。


 当然だった。


 この部屋にいる全員が、ゼクスに何かをされていた。


 カナリアは、その空気の中に立った。




「紹介します」


 カナリアは言った。


「ゼクス将校。帝国の天人族。昨夜、話をしました」


 カイルが、腕を組んだ。


「知ってる。信用はしていない」


「わかってる」


「でも、お前が連れてきた」


「連れてきた」


 カナリアは、ゼクスを見た。それからカイルを見た。


「信用しなくていい。でも、話だけ聞いてほしい」


 カイルは、しばらく黙っていた。


 それから、短く言った。


「聞く。それだけだ」




 ゼクスが、昨夜カナリアに話したことを、今度は全員に話した。


 世界があと一年で終わること。龍脈の完全停止が近いこと。帝国が十年前から知っていたこと。


 タオが、途中で声を上げた。


「なんで今まで黙ってたんだよ」


 ゼクスは、タオを見た。子供に詰め寄られるとは思っていなかったのか、一瞬だけ表情が動いた。


「パニックを避けるためだ」


「それって、みんなを信用してなかったってことじゃないか」


 ゼクスは、答えなかった。


 タオは、続けた。


「秘密にして、一人で全部決めて、それで間違えた。それって——」


 タオは、カナリアをちらりと見た。


「お姉さんと、似てる」


 カナリアは、思わず苦笑した。


 ゼクスの目が、かすかに揺れた。




 カイルが、腕を組んだまま言った。


「帝国が協力するとして、獣牙族と海鱗族を説得できると思うか」


「できない」


 ゼクスは、即座に答えた。


「俺には、無理だ」


「正直だな」


「嘘をついても意味がない」


 カイルは、ゼクスをしばらく見ていた。


「……一つだけ聞く」


「なんだ」


「お前は、本当に世界を救いたいのか。それとも、帝国を守りたいだけか」


 沈黙が落ちた。


 ゼクスは、カイルから目を逸らさなかった。


「……最初は、帝国を守るためだった」


 静かに言った。


「でも今は——わからない」


「わからない?」


「昨夜、カナリアと話して——わからなくなった」


 カイルは、その答えをしばらく咀嚼した。


 それから、息を吐いた。


「正直な奴だ」


 腕を組んだまま、でも、少しだけ肩の力が抜けた。




 タオの母親が、静かに口を開いた。


 今まで、黙って聞いていた。衰弱した体で、でも、真っ直ぐな目で。


「一つだけ、言わせてください」


 全員が、その声に集中した。


「徴収で、わたしは帝国を恨みました。ゼクスという人の名前も、憎みました」


 ゼクスは、その言葉を受け止めていた。


「でも、タオを助けてくれたのは、カナリアさんだった。カナリアさんが声を上げてくれたから、わたしたちはここにいる」


「……はい」


「カナリアさんが、この人を連れてきた。それなら、わたしは信じてみます」


 タオが、母親を見た。


「お母さん……」


「憎しみだけじゃ、世界は変わらない。カナリアさんが教えてくれた」




 その言葉が、部屋の空気を変えた。


 カナリアは、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


 タオの母親が、あれだけの目に遭って、それでも前を向いている。


 ——わたしが言えることなんて、何もない。


 でも、この人が前を向いてくれるなら、自分も前を向かなければならない。




「話し合いたいことがあります」


 カナリアは、全員を見渡した。


「龍脈を再起動するには、三種族の力が必要だということは、わかっています。天人族の導法、獣牙族の命脈、海鱗族の共鳴。この三つが揃わなければ、術式が成立しない」


「海鱗族の説得が、一番難しい」


 カイルが言った。


「外界との交流を断っている。どこにいるかも、わかるかどうか」


「心当たりがある」


 カナリアは言った。


「マリンだ」




「海鱗族の少女か」


「うん。ゼノビアで会った。まだこの街にいるかもしれない」


「一人の少女が、族全体を動かせるとは思えないが」


「動かせないかもしれない。でも、入り口にはなれる」


 カイルは、少し考えてから頷いた。


「獣牙族は、俺が動く」


「カイル……」


「東区画に、仲間がいる。事情を話せば、動いてくれる者もいるはずだ。全員じゃないにしても」


「ありがとう」


「礼はいい。お前が動くなら、俺も動く。それだけだ」




 ゼクスが、静かに言った。


「帝国側は、俺が説得する」


「皇帝を動かせるのか」


 カナリアが聞いた。


「皇帝は、わたしが知っている帝国とは、少し違う人間だ」


 ゼクスは続けた。


「龍脈の件を、一番深刻に受け止めているのは、皇帝自身だ。帝国の強硬策も、皇帝が許可したものだが——本当は、別の道を望んでいた」


「別の道?」


「三種族での協力だ。でも、プライドが邪魔をした」


 カナリアは、ゼクスを見た。


「あなたに、似てますね」


 ゼクスは、少しだけ目を逸らした。


「……似ているかもしれない」




 方針が、決まった。


 カナリアとルニがマリンを探し、海鱗族への橋渡しを試みる。カイルが東区画の獣牙族に話を通す。ゼクスが帝国側を説得する。


 全員が動く。全員が、自分の側から境界線を越える。


 カナリアは、それぞれの顔を見渡した。


 カイル。ゼクス。タオ。タオの母親。


 三日前には、想像もできない組み合わせだった。


 でも、今ここにいる。




「一つだけ、聞いていいですか」


 カナリアは、全員に向かって言った。


「みんなは、なぜ動こうとしてくれているんですか」


 少し、間があった。


 カイルが、最初に答えた。


「お前が動くから」


「わたしのため?」


「違う。お前が動く理由が、正しいと思うから」


 タオが続いた。


「世界が終わるなんて、嫌だ。お母さんと、もっと生きたい」


 タオの母親が、静かに微笑んだ。


「それで十分だよ、タオ」


 ゼクスは、しばらく黙っていた。


 それから、低く言った。


「……弟に、報いたい」


 一言だった。


 でも、その一言が、部屋の空気を震わせた。




 カナリアは、ルニを見た。


 白銀の毛並みが、朝の光に輝いていた。黒い霧は、もうほとんど見えなかった。


 金色の瞳が、真っ直ぐに自分を見ていた。


 ——行こう。


 その目が、言っていた。


「うん」


 カナリアは、頷いた。




 その日の午後、カナリアはゼノビアの街に出た。


 一人ではなかった。ルニが肩にいた。それで十分だった。


 マリンを探した。


 海鱗族が集まりそうな場所を、一つ一つ当たった。水路沿いの市場。東区画の外れ。旧市街の井戸の周り。


 見つかったのは、夕方になってからだった。




 旧市街の水路沿い、石段の上にマリンは座っていた。


 水面を見つめていた。膝を抱えていた。


 カナリアが近づくと、気配で気づいたのか、振り返った。


「……また、あなた」


「また、わたし」


 マリンは、少し目を細めた。


「何の用?」


「話がしたい」


「わたしに、話すことなんてない」


「ある」


 カナリアは、マリンの隣に座った。


 マリンは、追い払わなかった。




 水路の音を聞きながら、カナリアは話した。


 世界があと一年で終わること。龍脈の再起動に、海鱗族の共鳴が必要なこと。


 マリンは、黙って聞いていた。途中で遮らなかった。


 話し終えた後、しばらく沈黙が続いた。


 やがて、マリンが口を開いた。


「なんで、わたしに言うの」


「入り口になってほしいから」


「入り口?」


「海鱗族に、話を繋いでほしい。あなたが最初じゃなくていい。でも、最初の一歩になってほしい」


 マリンは、水面を見つめた。


「海鱗族は、外界を信じていない。裏切られ続けてきたから」


「知っています」


「信じてほしいと言っても、無理だと思う」


「無理かもしれない」


「それでも、頼むの?」


「頼む」


 カナリアは、真っ直ぐに言った。


「無理かもしれなくても、やらなければ、一年後に全部終わる。それだけは嫌だ」




 マリンは、しばらく黙っていた。


 水路の音だけが、続いていた。


 やがて、マリンが顔を上げた。


「一つだけ、聞いていい?」


「うん」


「あなたは、怖くないの?」


「怖い」


 カナリアは、迷わず答えた。


「毎日、怖い。うまくいかないかもしれない。誰かを傷つけるかもしれない。また、暴走するかもしれない」


「それでも動けるの?」


「動ける理由がある」


「何?」


 カナリアは、ルニを見た。


 ルニが、静かにマリンを見ていた。


「一人じゃないから」




 マリンは、ルニを見た。


 しばらく、ルニの金色の瞳と見つめ合っていた。


 ルニが、そっとマリンの膝に頭を乗せた。


 マリンの目が、揺れた。


「……ルニって言うの?」


「うん」


「可愛い」


「でしょ」


 小さな笑いが、二人の間に生まれた。




 マリンが、立ち上がった。


「約束はできない」


「うん」


「でも、聞くだけなら、してあげる」


「それで十分」


「族長に会わせてあげる。話すかどうかは、族長が決める」


「ありがとう」


 マリンは、少し照れた顔をした。


「お礼はまだ早い。族長は頑固だから」


「頑固でも、話を聞いてくれるなら」


「……まあ、聞くだけは聞く人だから」




 夕暮れの水路沿いを、二人並んで歩いた。


 マリンが、ぽつりと言った。


「あなたって、変わってるよね」


「そう?」


「海鱗族のことを、一番わかってない人のはずなのに、一番親身になってる」


「わかってないから、先入観がないのかもしれない」


「……それって、強みじゃない」


「そうかな」


「そうだよ」


 マリンは、前を向いたまま続けた。


「わたしたちは、長く傷ついてきたから、壁を作り続けてる。でも、あなたには最初から壁がない」


「壁の作り方を、知らないだけかもしれない」


「それでいいと思う」




 隠れ家に戻ると、カイルが先に帰っていた。


「獣牙族の長老に話を通した。全員じゃないが、動いてくれる者が十数名いる」


「本当に?」


「ああ。長老は最初、渋い顔をしていた。でも、世界が終わるという話を聞いて、考えが変わった」


 カイルは、マリンを見た。


「海鱗族か」


「族長に会わせてもらえることになった」


「上出来だ」


 カナリアは、小さく笑った。


 ゼクスからは、まだ連絡がなかった。でも、焦らなかった。


 あの人は、動いている。そう感じた。




 夜、カナリアは窓の外を見た。


 一年という時間が、急に短く感じた。


 でも、今日一日で、昨日には見えていなかった道が、少しだけ見えてきた。


 マリンが動いた。カイルが動いた。タオの母親が信じてくれた。ゼクスが、弟のために動こうとしている。


 全員が、それぞれの境界線を越えようとしていた。


 ——わたしも、越えなければ。


 カナリアは、ルニを抱えた。


「明日も、行こう」


 ルニが鳴いた。


 白銀の声が、夜の部屋に響いた。


 その音が、夜明けより少し早く、カナリアの胸を温めた。


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