第八章『邂逅』
ようやく左腕の痛みが引き、行動に支障が無いか確かめるべく短剣を握って軽く振り回してみる。くるり、と回して魔石の付いた柄を蝋燭へ向け、簡易な魔法で火を灯す。魔力を集める際に痛みが出ることもない。そろそろ大丈夫だろう。
外出する前に、と手ぬぐいを取り共有スペースにある洗面台へ向かう。適当に顔を洗い、蛇口を止めてから金属製の鏡に向き合った。
そこに映るのは黒い髪と、その間から覗く──紅い、瞳。
この国で、この瞳がどれだけ奇異なものなのかは知っている。俺以外に見たことがない。どういった由来なのか…母すらも知らないようだった。
「あっ」
小さな声が聞こえ、咄嗟に振り向くと宿屋の息子が肩を竦めて硬直していた。ああ、怖がらせてしまったか、と。手早く顔を拭いて、その場から離れようとした、その時だった。
「あ、あの!」
まさか呼び止められるとは思わず、その場で彼を振り返った。
「お、お客さんの…目。ちょっとこわいけど。きれいだと思います……その、いつもびっくりしちゃって、ごめんなさい!」
ぺこり、と頭を下げて、掃除道具を手に取り走り去ってしまった。
その背中を、幾度か瞬きしながら見送った後で…改めて鏡の方へと視線を向け、
「……その感想は初めてだな」
そう呟いた俺の顔は、何故だか僅かに綻んでいた。
部屋に戻って支度を終え、階下へ向かう途中で女将と出くわす。
俺の顔を見るなり深々と息を吐いて、
「あんたねぇ…人目を気にするにしても、せめて裏口から入りな。窓から入るなんて、お行儀悪いだろ?」
息子が真似をしたら困る、とでも言いたげだ。
俺は階段を降りきってから女将に軽く頭を下げる。
「……すまない。今後は気を付ける」
「あいよ。ま、何か事情があったんだろうけどね」
満面の笑顔を浮かべて、背中をひとつ「バチンッ!」と叩かれた。地味に痛い。
そのまま見送られて宿屋を出た。
ギルドに着くと、何やら普段より賑わっているように感じる。たむろしている冒険者達の横をすり抜け、掲示板へと目を向けた。
左腕は痛みが引いたとはいえ、まだ違和感が残っている。この状態で確実にこなせる仕事を…と、依頼書を上から確認していく。その途中、隣へ移動してきた奴が不意に、ガシッと肩を組んできた。
「なぁ、アンタが『在らぬ者』なんだろ?」




