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在らぬ者は名を持たない  作者: 紋 余白


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第七章『反芻』

───ね、アラン。約束してほしいの。



遠くに、声が聞こえる。懐かしい……母さんの声。



ああ、これは…あの頃の夢。

ベッドに横たわり、もう起き上がることも出来なくなってしまった母が。俺をひとり残して逝くことが心配で仕方ないといった様子で、何度も言い聞かせてきた。



母は、村の皆から頼られる薬師だった。

貧しい家には物々交換で薬を提供し、誰にでも優しくて頼もしかった。俺も、母のような薬師になろうと、色んなことを学んだ。


いつも笑顔で、


「誰かの助けになれるって、嬉しいことなのよ」


と、世界の秘密を分け与えるように、そっと教えてくれた。

まだまだ沢山、教わりたいことは山とあったのに。



薬ではどうにも出来ない難病に冒され、医者を呼ぼうにも病の進行が早過ぎて、…命を落とした。

あの時、俺にもっと力があれば。せめて母の病気に早く気付けていたら。後悔は後から後から押し寄せてくる。まだ幼かった俺は、涙を堪えながら母の傍に寄り添うことしか出来なかった。


「もう、そんな顔しないの。……ごめんね…私が、もっと」


「そんなこと言うなよ、元気になってよ」


泣き出しそうな、俺の声。母は困ったように笑った。


「あなたは…生きて、ね。私の、分まで」



片手に、野山で摘んできた赤い花。簡素な母の墓の前で、ただ泣きじゃくる。今となっては遠い記憶なのに、胸の苦しさは変わらない。



そこで不意に暗転し、



「生きていたかったら、強力な魔法は使うな。…お前の体じゃ……」


何度も聞いた、あの人の声。苦い忠告。



……急に体が重くなって、ふっと目が覚めた。

木造の天井。視線をゆっくり左右へ動かす。

宿屋の、自分の部屋だ。そういえば自力で帰って来れたんだった…と。

その時、街の喧騒と共に柔らかな風が吹き込んできた。窓を開けたままだったらしい、自然とそちらへ視線が向く。


夕暮れから夜へ切り替わろうとしている空は、赤から紺へと美しいグラデーションを描いていて。


(──ああ、生きているんだな)


と、安堵の吐息を漏らして、もう一度目を閉じた。




その頃、ギルド。


「おい。例の話、聞いたか?」

「ああ、また『在らぬ者』が出たってんだろ」


街道での事件から数日経って、どこからともなく断片的な証言だけが集まり。

姿も名も知られぬ介入者がこの近辺に身を隠しているのではないか、と僅かな熱を帯びて広まり始めていた。

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