第六章『遭遇と秘匿』
数日後。王都へ続く街道。
厳重に護られた馬車の中に、とある貴族令嬢が静かに座していた。艶のある金色の髪を緩やかに結い上げ、見るからに豪奢な髪留めが美しいアクセントになっている。身に纏ったドレスには繊細なレース細工が施されており、それだけで身分の高さを知らしめていた。
当の本人は、こういった物々しい警護に慣れているのか…特に感慨を抱くでもなく、ただ目的地に着くのを待つばかり。窓にはカーテンが掛けられ、外から中を窺い知ることは出来ないようになっている。
この街道には時折ならず者が出没するらしく、万が一があっては、と騎士団とは別に有力な冒険者も招集された。数よりは人間性、されど十分な戦力が欲しい。この美しい令嬢がそれだけ重要な人物なのだと、言葉を尽くして説明されずとも感じ取れた。
戦闘になれた人間が20人程度集まっているのだから、余程油断しない限りは問題なく旅程を終えるだろう。誰もがそう考えていた。
油断という程ではなく、慢心していた訳でもない。しかし、全く想定していなかった事態に出くわせば…その認識が命取りにならないとは言えないのだが。
──ヒュンッ!!
不意に聞こえた矢音に、馬車を先導していた騎士が即座に反応し、剣で叩き落とす。
「配置に付け!!!」
騎士達は素早く馬車を中心に展開し、矢が飛んできた方向を警戒。冒険者パーティはその死角をフォローするように陣取った。
「…へヒヒッ!これはこれは…どう見ても、どう見なくても上モノだろぉ?なぁ、おめぇら。」
下卑た笑い声を上げながら物陰から躍り出る人物は、その発言に相応しく草臥れた装備と、それに見合わない高価そうな武器。その後ろにぞろぞろと似た風貌の者達が現れ、どいつもギラギラとした目を馬車へと向けていた。
そして、さらには…ウルフ型の中級モンスターを多数使役していたのだ。冒険者のひとりが声を上げる。
「あれは……アイアンファング・ウルフか!?あんな気性の荒いモンスターを使役するとは…」
アイアンファング・ウルフ。防御力が異常に高く、その鋭利な牙と強靭な顎は、鉄骨すらも噛み砕くと言われている。1匹居るだけでも手こずるというのに、見える範囲だけでも6頭。それに加え、有象無象とはいえ盗賊団が20人程。誰ともなく、息を飲む音がした。
「ヒヒヒッ!おめぇら、いつも通り…剥ぎ取ったモン勝ちだぁ!!」
盗賊団のリーダー格と思われる男が、唾を撒き散らしながら叫ぶのを合図に、モンスター共々護衛の面々に襲い掛かる。
モンスターには複数人で対峙。その間をすり抜けて馬車へ駆け寄る盗賊のひとり、騎士の槍がその背中を貫いた。引き抜く反動で馬車の戸口に絶命した体がぶつかる。その振動を受けてもなお、令嬢は微動だにしない。彼らを信じているのか…それとも。
街道からほんの少し外れた場所。
アランは先日の依頼で集めた薬草の残りと調合する為の植物を探しに出向いていた。
ふと、風に乗ってモンスターの咆哮と剣戟が聞こえる。
その場で立ち上がり、方向を確認した。
誰のものとも知れない断末魔が響く。行くべきか、などと考える間も無く走り出していた。
音が近くなる。向こうからは見付からぬよう木に登り、高い場所から状況把握を試みる。
馬車の周りに…騎士と、ギルドで見た事のある顔が数人。ふと、先日断った依頼の内容が頭を掠めた。その瞬間。
冒険者パーティが担っている一角が崩れたのか、
「ガァアアアッッ!!」
咆哮を上げ、狂ったように馬車へ突進するウルフの姿が見えた。
あの場に居る人間では、間に合わない……!!!
咄嗟に短剣を手に取り、手の中で素早く反転させる。柄に埋め込んだ魔石に魔力を集め、中級の風魔法を、いつも初級のそれでやるように凝縮させ…ウルフと馬車の間を狙い撃ち込んだ。
極限まで密度を高めたそれは、馬車に到達する寸前でウルフの頭に直撃。脳震盪を起こした巨体が倒れ込んだ。
「…!?こいつ…今、なにが……!?」
こめかみが陥没し、泡を吹いて痙攣しているウルフを目の当たりにした騎士が困惑するも、すぐ敵に向き直り応戦を続ける。
手下のウルフが突然やられたことで戸惑い動きを止める者、自分だけは生き延びようと逃げ出す者が出始める。盗賊団の面々は、その隙を突かれて次々と倒されていった。
……たった一度、中級魔法を放っただけで、これか。
左腕に残る、内部から焼かれるような痛み。魔法の出力に耐え切れず、浮き上がった血管は生き物のように大きく脈打ち、所々が切れて出血していた。普段以上の魔力を放出した反動で震える腕を押さえ、気を失いそうな激痛に耐えながら戦闘の行方を見守った。
形勢は逆転し、ウルフを失った盗賊団の残党は見る間に逃走して行った。護衛側も多数の負傷者は出たものの、死者はいないように見受けられる。
昏倒したウルフを確実に仕留めてから、一行は移動を始めた。あの中には治癒魔法が使えるものもいるだろう、俺に出来ることはもうない。その場で脱力し、木に凭れた。ポーチから薬を取り出し、左腕に振りかける。止血は出来たが、今日はもう魔法を使えないな…。
「対処に手間取り、申し訳ございません。これより出発いたします!」
扉越しに告げられて令嬢は、ほ、と短く息を吐いた。
外からざわめきが聞こえる。
「さっきのウルフ、誰がやったんだ?」
「あの音は風魔法…だったよな」
断片的に聞こえる内容から、先程感じた魔力の流れを思い出す。
後方の、大木の上方から放たれたものではなかったか。
人目を忍んでそっとカーテンを捲り、その方向を見るも肉眼では分からない。
令嬢は逡巡の後、誰にも見咎められぬよう僅かにだけ扉を開けて…家紋の入ったハンカチをそっと地面に落とした。
きっと、まだ居る。そして、相応の対価を受け取って欲しい。そんな意を込めて。
幸いと誰にも気付かれぬまま、一行は進み始めた。
その姿が遠く、見えなくなった頃。
ようやく木から降りて、戦闘のあった場所へと立った。
依頼を受けた訳でもないのに、安堵した表情で一行の去った道を見つめる。…ふと、足元に白いハンカチが落ちていることに気付いた。
拾い上げ、そこに刺繍された家紋が目に留まる。
「───……。」
記憶に引っかかるものがあった。だが。
深く掘り起こすことをやめ…これくらいなら、と。手の中に小さな炎を灯した。それだけでも腕は大袈裟なくらいに痛むが…白いハンカチが炎に侵食され、黒く変色していく様を眺める。家紋も何も判別出来なくなると、残った灰は風を受けて手の中から散っていった。
「……これでいい」
吐息混じりにそう呟くと、負傷した腕をマントに隠しながら踵を返して街への帰路についたのだった。




