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在らぬ者は名を持たない  作者: 紋 余白


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第二章『灰色だけは知っている』

街へ戻る頃には、既に陽が傾いていた。


(予想外に時間を取られたな…)


少し乱れたフードを深く被り直して森から出ると、土と葉の匂いが薄れていく。

街へ近付くにつれて人の気配が戻ってくる。

仕事を終えた報告をする為にギルドの扉をくぐると、掲示板の前に依頼主の老婆が落ち着かない様子で立っていた。

彼女はこちらへ向くなり、大きく目を見開いた。


「……ああ!」


声を上げかけて、しかしすぐに口元に手をやり押し殺す。

周囲の目を気にしたのだろう。


「本当に…見つけてくださったのですね…!」


今にも泣き出しそうに表情を崩す。

俺に抱えられていた灰色の猫は、飼い主に気付くと素早く俺の腕の中からすり抜けて、彼女の胸へと飛び移った。

抱き締められて心地良さそうに喉を鳴らしている…喜んでいるのだろうか。

森の奥で見付けた時は、恐怖から警戒心を剥き出しにしていたというのに…。


「随分と奥まで入り込んでいて…怖がってはいましたが、幸い怪我はありません」


淡々と、それだけを告げた。


「ありがとう、ございます……ありがとう…!」


その言葉を受けながら、窓口の係から依頼料を受け取り、硬貨の数を確かめもせず懐に仕舞った。

老婆は何か言いたそうにこちらを見つめる。


「……あの」


声を掛けられ、改めて向き直る。


「何か、何かお礼を」


一瞬だけ考え、首を横に振った。


「依頼料はこうしていただいてます。俺はただ、仕事をこなしただけですから」


そう言って背を向ける。

扉を軋ませて、夜に染まり始めた街へと出た。何か食い物でも調達して宿屋へ戻ろう。




後に残された老婆の胸の中に残ったのは。


無事に戻った猫と、淡々と…しかし確かに「助けてもらった」という暖かな感覚だけだった。

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