3 2歳から5歳
あれから二年の月日が過ぎ、僕はほとんど禿げてた赤ん坊からラベンダー色の髪が綿菓子みたいな幼児へと進化していた。
よちよち歩き、片言おしゃべりするようになった僕は蝶よ花よと可愛がられた。
みんな小さな僕を「可愛い」だの「お綺麗」だのと褒めそやしてくれるけど、真に受けるほど僕はバカじゃない。
そもそも異世界の美的感覚や基準がよく分からない。
それに主家のご子息を使用人が褒めるのなんか当たり前じゃないか。うっかりその気になってあとで絶望するのは御免だ。信じないでおこう。
そんな日々の中で語られる乳母や侍女やその他メイドの噂話によって、更なる状況の詳細を僕は知ることが出来た。
まず先々代の王。彼は当時の狂魔力保持者である第四王女を当時のランカスター侯爵へと降嫁させ、それによって侯爵家は公爵家へと陞爵した。
だが公爵となった夫は王女の強すぎる魔力にあてられ若くして命を落とすことになったのだとか。
それを嘆いた第四王女はいつか来る己の暴走を恐れ、この領地よりさらに西の果てにあるもう一つの公爵領、『不毛の荒野』と呼ばれる、草一つ満足に生えない放棄された荒地、ウエストエンドに自らを幽閉した。
だがその時すでに王女のお腹には後継者が育っていた。その子が先代ランカスター公爵だ。
生まれた子、先代はこの屋敷へと戻され、乳母や侍女、家令たちの手によって養育された。
だが母の侍女が話した通り、先代は前国王の第三側妃を妻として下げ渡されている。
これが掃き溜めと言われる所以。
この側妃は後宮での浪費が激しく、手に余ると当時の王が先代ランカスター公に押し付けたのだ。
浪費が過ぎるとは言えそれなりに夫婦仲は円満だったようだ。
しかしその先代自身も魔力暴走をおこし領内を荒らすだけ荒らしてあっけなく逝ってしまった。そしてこの領の財政は壊滅的となってしまう。
夫婦はそれでも二人の子に恵まれていた。それが現公爵である父と、亡くなった父の弟である。
亡くなった弟は公爵家に継がれる忌まわしい狂魔力を持っていた。
気の毒なことにその暴走は外でなく内側に向かい、彼はまだ二十歳前だと言うのに若い命を散らしてしまった。
その恐ろしい狂魔力とは血筋の誰かに必ず発現するものだ。
未婚のまま、子を持たず弟が亡くなった事は父を不安に駆り立てた。だが…
その力は父ではなく、妻の体内に宿ったばかりの胎児へと既に継がれていた。つまり僕だ。
母の不調は胎内に居る僕に発現した狂魔力の影響によるもの…。なんてことだ…
そしてその荒々しい魔力の残滓は数年間母の体内で燻ぶり続け…終いにその命を奪うのだ。
どうにかしてあげたいけどどうにもできないのが辛いところ。若干二歳の身に何が出来ると言うのか…
母は公爵夫人にしてハミルトンの女侯爵。気丈な女性だ。
己の死期を悟ったのだろう。今は叔父であるハミルトン伯爵と、ここより離れた肥沃なハミルトン領へと出向き精力的に様々な采配をしているところだ。
親子関係が希薄であること、それは不幸中の幸いなのかも知れない。
そして三歳になった頃、僕は自分の持つ転生特典に気が付いた。
それは…ゲーム内で魔法属性を開花させた方法が有効だった事、そしてここが重要なポイント、ステータスが覗けたことだ!いやっふぅー!
身体能力がある程度上がって来ると僕はゲーム内で得ていた知識を利用しレベル1ながら火、風、土、水、主要四属性をあっさり手に入れた。
ちなみにこの世界の魔法は貴族にしか使えない。何故って?仕方ない。それがゲームの設定だからね。
そして今後は光と雷の魔法属性も早々に取得し、更にコツコツとレベルを上げられるだけ上げておかなくてはならない。領外へと出られるようになるまでに…
そして五歳の誕生日を迎えた僕。
その頃になるとフワフワの綿菓子はフワサラの髪へと変化を遂げ、ようやく僕最大の懸念、髪の隙間から覗く地肌が見えなくなった。あー良かった…
その頃になるとここを訪れる大商会の方たちまでが「可愛い」だの「美しい顔立ち」だのとチヤホヤしてくれるようになったが、取引先の息子を店主が褒めるのなんか当たり前じゃないか。
うっかり調子に乗ってあとで撃沈するのは御免だ。やっぱり信じないでおこう。
そんな僕の魔法レベルは五歳にしてはまぁまぁ、いや、かなり大きい200レベル相当になっていた。
1000をマックスとした場合、十五から十六歳ぐらいでだいたいこのぐらいだ。
人より少し優秀な子で250くらい。抜きんでて優秀な子、つまり王族のように特別な魔法の素養を持ち、尚且つ幼少期より特別な修行を積む王子あたりでも300くらいだ。
中途半端だよね。そう思うよね。しょうが無いよ。これは〝イケメン育成ゲーム”なんだから。
とにかく僕はスタートダッシュに成功した。けどこの先はもっと経験値を上げていかなければ何も得られない。
そのためにも早くサブクエストを…!そう思っていた矢先、ついにあの美しい母が暴走魔力の残滓に音を上げた。
つまり…、そういう事だ…
この国に継承年齢の制限はない。
僕は母の持つハミルトン侯爵位をわずか五才にして受け継ぐことになった。
荷が重い…。
けど、僕は街造りシミュレーションだけでなく農場経営系ゲームもやりこんでいた。だから問題ない!…と言うことにしておこう…
問題なのはそれよりも…、ついにあの女、男爵令嬢がランカスターの屋敷へ乗り込んできたことだ。母親に瓜二つの嫌な目をしたパーカー君を引き連れて。
見栄っ張りで意地の悪い男爵令嬢エバ、だけど残念ながら彼女の身分では公爵家の正妻にはなれなかったようだ。ざまあみろ。
なのにめげない愛人は、どうもパーカー君を公爵家の跡継ぎにする野望だけは捨てきれないらしい。
すると目障りなのは僕の存在。
なるほど。これが執拗な虐待につながったのか…
本邸に住み着いたキツネの親子。そこに居るのは震える子ウサギ。
そこから繰り広げられる数々の嫌がらせ。…と思うじゃん?
ところがどっこい!
侯爵位を継いだとは言え五歳の僕には後見人が必要になる。僕はその後見人に父ではなく、叔父のハミルトン伯爵を指名したのだ。
なにしろハミルトン一族は莫大な財と肥沃な領地を持っているからね。その当主たる叔父は有能な領地経営者だ。
片や公爵家とは名ばかりの未だ財政難のランカスター。いくら父とは言え無能な者に好き勝手はさせられない。想像するだけで恐ろしい…
実際この公爵邸はハミルトンからの支援で成り立っている。って事はだよ、今この屋敷で一番実権を握っているのは僕って言うことになるんだよねぇ~。
あの手この手で僕を篭絡しようとすり寄るエバ、そして指名から外され僕への態度を硬化させた父親。別にいいけど…
僕の中身は言わずもがな二十歳の大学生な訳で、ましてやライブ実況という現場も潜り抜けている僕は、口も達者ならそれなりにどんな急場にも慣れているつもりだ。
手玉にとれると思った五歳児が一筋縄でいかないから逆ギレしたんだろうな。何時しかエバの顔からは笑顔が消えた。
驚いたのはけっこうあからさまな狙い方をしてきたことだ。
五歳児の事故なんてどうとでも誤魔化せると思ったのか?まぁ魔法で軽くいなしてるけど。浅はかだな。
言っておくがランカスターの爵位なんか要るもんか!僕にはハミルトンの爵位がある!
ただ唯一公爵家のもので欲しい物があるとすれば、それは……
いや!今はナイショだ。まだその時じゃない。




