第二十五話 旅は道連れ
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次の街へ続く街道は、なだらかな丘を越えて伸びていた。
空は高く、陽射しもまだ強い。
「この辺り、確か村があるはずなんだけど」
ルルが地図をたたみながら言う。
丘を越えた先に、小さな村が見えた。
だが、近づくにつれて違和感がはっきりしてくる。
家は壊れていない。
畑も荒れていない。
煙も上がっていない。
それなのに、人の姿がまったく見えなかった。
「……静かすぎるな」
ゼンが呟いた。
その直後、村の通りを黒い影が横切った。
イノシシ型の魔獣。
家の軒下や木陰に溜まり、地面を嗅ぐように歩き回っている。
鐘の音が、一定の間隔で鳴っていた。
誰かが鳴らしているというより、
一度鳴らしたまま止められなくなったような音だった。
ゼンが足を止める。
「……あれは?」
問いを投げた瞬間、
頭の奥に、いつもの情報が流れ込む。
――解析開始
――対象:ナイトボア
――脅威度:B
――属性:地
――補足
・夜行性
・昼間は行動性が低下
・日没後、活性化
ゼンは村全体を見渡した。
「ナイトボア……
昼はおとなしいけど、夜行性だな」
「じゃあ……今はまだ被害は出てない?」
ルルが慎重に言う。
シノも周囲を見回す。
「人の気配がありません。
でも、荒れた様子もないですね」
「……とりあえず、魔獣を片付けよう」
ゼンは前を見据えた。
「話は、それからだ」
三人は慎重に村へ入った。
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ナイトボアの反応は鈍かった。
こちらに気づいても、すぐには襲いかかってこない。
ゼンは前に出て、無属性魔法で地面を小さく揺らす。
派手さはないが、確実に注意を引く。
「今です」
シノが間合いに入り、
無駄のない動きで仕留める。
逃げようとする個体は、
ルルの魔法が足を止めた。
戦いは静かで、手早かった。
その最中――
別方向から、鋭い攻撃音が重なる。
二体のナイトボアが、ほぼ同時に倒れた。
ゼンが視線を向ける。
そこには三人組の冒険者がいた。
年は近いが、動きが洗練されている。
「そっち任せて」
「了解」
「後ろ、来てる」
短い声掛け。
自然と、二つのパーティが同じ流れで動き始めた。
互いに干渉せず、
だが歩調はぴたりと合っている。
ほどなく、最後の一体が倒れた。
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しばらくの沈黙。
やがて、
一軒の家の扉がゆっくりと開いた。
「……も、もう……大丈夫でしょうか……?」
恐る恐る顔を出した老人を皮切りに、
村人たちが次々と姿を現す。
「助かりました……」
「ありがとうございます……!」
安堵の声が広がる。
老人が一歩前に出て、深く頭を下げた。
「冒険者の皆様、誠にありがとうございました。
私はこの村の村長でございます」
ゼンも一歩前に出る。
「空白の足跡ってパーティで冒険者をしてます。
ゼンです。こっちがルル、シノ」
すると、先ほどの冒険者の一人が目を見開いた。
「空白の足跡って……
この前のグランド・ハント&サバイバルで優勝したとこやんな」
「ギルドの速報紙で見ましたよ」
ミアが言う。
「……見た」
カイが短く続けた。
「俺らはトリニティ・エッジや」
剣士が名乗る。
「レオ、ミア、カイ。一応Aランクや」
「Aランクか」
ルルが頷く。
「さっきの動き、納得だね」
レオはゼンを見る。
「君らも連携、ええ感じやったで」
「そっちもな」
ゼンは素直に返した。
「無駄がなかった」
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村長が、少し申し訳なさそうに言った。
「よろしければ……
少し村の中で休んでいっていただけませんか。
まだ皆、落ち着いておらず……」
案内されたのは、家の裏手にある地下の避難穴だった。
「魔獣が現れますと、
いつもこちらに隠れております」
中は、大人が身を寄せ合う程度の広さしかない。
「……毎回、ここに?」
ゼンが尋ねる。
村長は苦笑した。
「はい。
鐘を鳴らして、夜が明けるまで……」
「最近は数も増えてきまして……」
別の村人が続ける。
「昼はおとなしいんですが、
夜になると、外に出られなくなるんです」
シノが静かに言った。
「それは……落ち着きませんね」
ルルも周囲を見回す。
「この人数で、毎回はきついね」
ゼンは少し考えてから言った。
「……隠れる必要、ないかもしれません」
村長が顔を上げる。
「と、申しますと……?」
「入れなければいい。
村の中に、魔獣を入れない」
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その後、ゼンは地面に枝で簡単な円を描いた。
「外壁で囲めば、
少なくとも今みたいな状況は防げるはずです」
レオが覗き込み、口角を上げる。
「シンプルやな。
でも……実用的や」
「一緒にやる?」
ゼンが聞く。
レオは即答した。
「もちろん」
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地属性魔法が、同時に動き出した。
ゼンは無駄を削り、
必要な高さと厚みだけを正確に積み上げていく。
一方、レオは勢い重視。
速さで押し切るように、壁を立ち上げる。
言葉はない。
だが、どちらが先に形にするか――
自然と張り合う空気になる。
やがて、外壁が村を囲った。
「これなら、簡単には入れませんね」
シノが言う。
「うん、十分だと思う」
ルルも頷いた。
村人たちから歓声が上がる。
「ありがとうございます……!」
「これで、夜も安心できます……!」
少し離れたところで。
「……はぁ……」
ゼンが息をつく。
「……なかなかやるな」
「そっちもな」
レオも肩で息をしていた。
二人は目を合わせ、
どちらからともなく笑った。
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夜。
焚き火を囲み、ささやかな宴が開かれた。
「魔獣とは思えません……」
「美味しいです……」
話題は自然と、旅の先へ移る。
「次はどちらへ?」
村長が尋ねる。
「グラディオスです」
「おお、同じやん」
レオが笑う。
「ほな、一緒に行こか。旅は道連れ言うしな」
ルルが頷く。
「悪くないね」
シノも微笑む。
「ご一緒できるなら、心強いです」
焚き火が少し落ち着いた頃、
レオが串を回しながら、ふと思い出したように言った。
「そういややけどな」
ゼンを見る。
「グラディオスのダンジョン、
最近ちょっと話題になっとるん、知っとる?」
「話題?」
ルルが顔を上げる。
「この世界で最難関、言われとるんや」
軽い口調だが、どこか含みがあった。
「階層が深いだけやない。
途中から、今までの常識が通らんようになるらしい」
「常識が通らない?」
ゼンが聞き返す。
「罠の配置も、魔獣の動きも、
今までの攻略法が通じひんって話や」
ミアが続ける。
「Aランクでも、途中で引き返す人が増えてるみたい」
「……まだ、完全攻略の報告はない」
カイが短く補足した。
焚き火が、ぱちりと音を立てる。
「それでも、挑戦するんやろ?」
レオは確信したように言った。
ゼンは少し考えてから、静かに頷く。
「……最難関なら、なおさらだ」
ルルが小さく笑う。
「分かりやすいね」
シノも頷いた。
「準備は、しっかりしておいた方がよさそうですね」
「ほな決まりやな」
レオが焚き火越しに言う。
「グラディオスまで一緒に行って、
そのダンジョンに――挑戦や」
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「今夜は、ぜひ村に」
村長の言葉に、
ゼンは首を振った。
「ありがとうございます。
でも、俺たちは自分たちの家があるので」
「家……?」
次の瞬間。
村の外れに、
大樹をそのまま利用した家が姿を現した。
「……なんやこれ」
レオが呆然と呟く。
「ずるいやろ……」
「入りたい」
ミアが即答する。
「……興味ある」
カイも頷いた。
シノが微笑む。
「どうぞ。
お風呂もありますよ」
「それは反則やな」
笑い声が、夜に溶けていった。
こうして、
同じ道を行く者たちは、
その夜を共に過ごすことになった。
まだ競う前の、
ただの道連れとして。
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第二十五話 完
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