第二十四話 手のひらに残るもの
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朝の光が、大樹の内側を満たしていく。
枝の隙間から差し込む淡い光が、
それぞれの部屋に、静かに落ちていた。
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二階の裁縫部屋。
シノは机に向かい、
布を広げ、針を走らせていた。
布袋は小さく、作りも簡単。
それでも、一針一針は丁寧だ。
縫い終えた袋を、指先でなぞる。
歪みがないか確かめ、
形を整えてから、そっと横に置いた。
「……喜んでくれると、いいな」
その声は、小さくて、
誰に向けたものでもない。
迷いはない。
この作業は、もう体に染みついていた。
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一階奥の錬金部屋。
ゼンは作業台の前で、
小さな鉱石を錬成していた。
大きな結晶は使わない。
お守りの中に収まる、
ごく小さな欠片だけを選ぶ。
「……このくらいでいいな」
余分な魔力を削ぎ、
均一なサイズに整える。
家づくりで余った鉱石。
だが、ただの余り物ではない。
それを一つずつ、静かに並べていく。
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二階の研究部屋。
ルルは机に向かい、
鉱石の欠片に、付与魔術の魔法陣を描いていた。
線は細く、必要最低限。
回復。
浄化。
ローポーションほど強くはないが、
日常の小さな怪我には十分な効果。
「……これくらいの魔力消費なら大丈夫ね」
小さく呟き、魔力の流れを調整する。
「子供をお守りください」
そう言って、最後の線を引いた。
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昼。
階段を挟んで、
それぞれの作業音だけが、家の中に響いている。
針の音。
錬成の微かな振動。
魔法陣に魔力が通る感触。
誰も声をかけない。
それでも――
三人は、同じものを作っていた。
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夕方。
一階のリビングに、
自然と三人が集まる。
テーブルの上に並ぶ、
布袋、鉱石、付与済みのお守り。
ゼンが数を数えた。
「……とりあえず、三百個くらいだな」
「思ったより、できましたね」
「ええ。これなら、十分」
三人は顔を見合わせ、
小さく頷いた。
机の上に並んだお守り。
それを眺めながら、
ルルがぽつりと呟く。
「……これで、売れなかったらどうする?」
ゼンは肩をすくめた。
「まあ、何事も経験だよ」
「が、がんばりましょー……」
シノはそう言って、
小さく拳を握った。
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数日後。
クレパラの街は、今日も賑わっていた。
石畳を行き交う人々。
荷車の音。
子どもたちの笑い声。
三人は、街の一角に小さな露店を出した。
「この辺り、どうかしら」
ルルが周囲を見渡す。
「親子連れも多いし、悪くないと思う」
「そうだな」
ゼンが頷く。
「でも、どうやって子ども集めようか」
すると――
「こんなのも、作ってみました!」
シノが、そっと差し出した。
小さなぬいぐるみ。
柔らかな布で作られた、狐の姿。
「……珍しいわね」
ルルが目を丸くする。
「ぬいぐるみって、人型が多いのに」
「でも……すごく可愛い」
「狐、なのか?」
ゼンが首を傾げる。
「なんか、ちょっと特殊だな」
「この子が、ぱっと頭に浮かんで……」
シノは少し不安そうに言った。
「やっぱり、他の動物のほうがよかったですかね」
「かわいいし、いいんじゃない?」
そう言っていると――
一人の小さな女の子が、露店の前で立ち止まった。
「ママー!この子、かわいいー!」
「あら……ほんとね」
母親が微笑む。
「でも、こんな立派なもの、高そうよ」
「あ、すみません」
シノが慌てて言う。
「こちらは売り物じゃなくて……」
「でも、こちらのお守りはどうですか?」
「少しの怪我を治す効果が付与されています」
「かわいいー!これ、かってー!」
「お、おいくらかしら?」
「三千リグになります」
母親は少し考えてから、頷いた。
「……そうね」
「お誕生日も近いし、買ってあげようかしら」
「ありがとうございます!」
「やったー!ありがとう!」
すると、シノが小さく手を挙げた。
「あ、あの……」
「お誕生日でしたら、こちらのぬいぐるみ、差し上げます」
「どうぞ、もらってください」
「いいの?」
「じゃあ、ありがたくいただくわ」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
女の子は狐のぬいぐるみを抱きしめた。
「……よかったの?」
「はい」
シノは微笑む。
「また、作ればいいので」
「……やっぱり」
ゼンがぽつりと言う。
「人が喜ぶ顔って、いいな」
「そうね」
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その日、三人は懸命に声をかけ、
お守りを売り続けた。
結果――
一日で、百個ほどが売れた。
「一日で、三十万リグか」
ゼンが数えて言う。
「初日にしては、上出来だな」
「効果を怪しんでる人も多かったけど」
ルルが言う。
「デザインがよかったのよ」
「ありがとうございます……」
シノは少し照れる。
「でも、ぬいぐるみを欲しがる人も多かったので」
「そっちも、少しずつ作ります」
「大変そうだけど」
「大丈夫です」
シノは即答した。
「お屋敷の時から、毎晩ずっと作ってましたから」
「……そういえば」
ゼンが思い出したように言う。
「同じぬいぐるみ、たくさんあったな」
「何か、思い入れあるのか?」
「いえ……特に」
シノは少し考えてから言った。
「でも、この子がいると……ほっとするんです」
「シノちゃん、おこちゃまねー」
「ち、ちがいますよー!」
「よし」
ゼンが笑う。
「明日も売るぞー」
「はーい!」
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翌日。
市場は、昨日以上に賑わっていた。
露店に向かうと、
すでに人だかりができている。
「……どうかしたんですか?」
「ここに、回復魔術が付与されたお守りが売ってるって聞いたんだけど!」
「はい、私たちです」
「私にも!」「私にも!」
「え、どこで聞いたんですか?」
「街中で噂よ!」
「噂に……?」
「昨日、馬車にぶつかって怪我した子をね」
「そのお母さんが、このお守りで治したって!」
「え……?」
ルルが眉をひそめる。
「そんな大きな怪我は治せないはずだけど……」
「とにかく、売ってちょうだい!」
準備する間もなく――
お守りは、あっという間に完売した。
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子どもたちに囲まれて遊ぶシノを見ながら、
ルルが小声で言う。
「……ねえ、ゼン」
「鉱石、何使ったの?」
「ミスリルだけど」
「……はい?」
ルルが固まる。
「ゼン。ミスリルって……」
「三千リグどころか、三万でも元取れてないわよ!」
「やっぱ、やりすぎた?」
「だから、かすり傷のはずが」
「結構な怪我も治っちゃったのね」
「でも、すごく喜んでたぞ」
「……それは、そうね」
「それにしても」
ルルは笑う。
「シノ、街の子どもたちに大人気じゃない」
「すげー集まってきてたもんな」
「人集めの才能、あるんじゃないか?」
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そこへ、一人の男が近づいてきた。
「失礼」
「回復魔術が付与されたお守りを売っていると聞きまして」
「はい。もう完売ですが……」
「私はクミン商会のロワンと申します」
「もしよろしければ、その商品を私の商会で扱いたく」
「もちろん、高額で買い取らせていただきます」
「すみません」
ゼンは頭を下げる。
「僕たちは旅に出る予定で」
「材料も、もうなくなってしまって」
「……そうですか」
ロワンは残念そうに言う。
「では、ひとつだけでも……」
「これでよければ」
シノが、狐のぬいぐるみを差し出した。
「このぬいぐるみにも、同じ効果が付与されてます」
「宣伝用に持ってた、最後の一つなんです」
「……それを!」
ロワンは即座に金袋を差し出した。
「百……万リグ?」
「ええ。価値は十分あります」
「それと……こちらの商品」
「真似しても?」
「どうぞ」
ゼンは笑う。
「僕たちは、もう旅に出ますし」
「たぶん、簡単じゃないですよ」
作り方を聞いたロワンは、苦笑した。
「確かに……」
「ですが、デザインは参考にさせていただきます」
「がんばってください」
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こうして。
初めての商売は、
思いがけない形で成功した。
数日後――
クレパラ最大の商会、ロワンの店。
カウンターの一角に、
狐のぬいぐるみが置かれている。
それを見て、
一人の女性が立ち止まった。
「……この、ぬいぐるみって……」
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二十四話 完
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