第二十一話 原初の光
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夜。
冒険ハウスの中は、ようやく落ち着いていた。
食堂の片づけは終わり、灯りも最低限。
寝室の扉の向こうからは、ルルの規則正しい呼吸が聞こえてくる。
半壊した村を見つけた衝撃。
ルルが倒れ、連れ帰って寝かせたまま――。
ゼンは食堂の椅子に腰を下ろし、湯の冷めたカップを指先で回していた。
シノが、静かに口を開く。
「……ルルさん、大丈夫でしょうか」
「大丈夫だ」
ゼンは短く答え、少しだけ声の調子を落とした。
「気を失っただけだ。休ませれば戻る」
そのとき。
玄関が、こん、こん、と控えめに鳴った。
シノが肩を揺らす。
「……こんな時間に?」
ゼンは立ち上がる。
「俺が出る」
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扉を開けると、夜の空気が流れ込んできた。
玄関先に立っていたのは三人。
深森の観測者――フィン、リリィ、サージ。
フィンが、にこやかに帽子のつばを軽く上げる。
「こんばんは」
「これはこれは。大会ではどうも」
ゼンは軽く会釈する。
「どうも」
そして、間髪入れずに言った。
「で、要件は? こんな夜に挨拶だけじゃないですよね」
フィンは笑みを崩さず、穏やかに続ける。
「はい。あちらの村が半壊していまして」
「事情をご存じないかと思い、伺いました」
シノが玄関まで来て、ゼンの隣に立つ。
「……どなたですか?」
「深森の観測者の方々だ」
ゼンが短く説明する。
リリィが少し刺のある声で言った。
「村、見たんでしょ?」
「なんで、すぐ騎士団に報告しなかったの?」
シノは一瞬言葉に詰まり、正直に答える。
「私たちが来たときには、すでにあの状態でした」
「それに……ルルさんが突然倒れてしまって」
「看病をしていました」
サージが軽く手を振る。
「報告は俺たちがしといたから、そのうち騎士団も来るだろ」
ゼンは小さく頷いた。
「……そうですか」
フィンが丁寧に締めくくる。
「では、騎士団が来ましたら事情をお話しください」
「今夜は失礼いたします」
ゼンははっきり言った。
「ええ。あとは騎士団に任せます」
「今日はルルを休ませたいので」
フィンは一歩引き、礼をする。
「お大事に」
三人は夜の闇へ溶けていった。
扉を閉め、ゼンは小さく息を吐く。
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明朝。
まだ空が白みきらないころ。
外から、荒い馬の足音が近づいてきた。
どたどた、という地響き。
続いて、怒鳴り声。
「冒険者パーティ《空白の足跡》! 出てこい!」
ゼンが玄関へ向かい、扉を開ける。
そこには騎士団。
先頭に立つ男――ドロス。
その横に、ハリス、ケルト。
「なにか用ですか?」
ドロスは冷たく言い放った。
「騎士団だ」
「お前たちを、村襲撃の犯人として拘束する」
「……なっ」
ゼンの声が低くなる。
「冗談だろ」
シノが後ろから出てくる。
「私たちは何もしていません」
ケルトが鼻で笑った。
「目撃者がいるんだよ」
「抵抗すりゃ罪が重くなるぞ」
ゼンは眉間を押さえた。
「何だこれ……どういう話だ」
ドロスが手を振る。
「拘束しろ」
騎士が二人の腕を掴む。
ゼンは抵抗しなかった。
だが、鋭く言う。
「……待て。ルルは?」
「必要なら後で呼ぶ」
ドロスは感情なく答えた。
シノが声を上げる。
「ルルさんは体調が――!」
「黙れ」
ケルトが遮る。
ゼンは歯を食いしばり、息を吐いた。
「……わかった。行く」
二人はそのまま馬車に押し込まれ、
隣街アドレナの騎士団詰所へと連行された。
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騎士団詰所。
事情聴取室。
事情聴取は、理不尽だった。
同じ質問。
同じ沈黙。
どれだけ答えても、表情は変わらない。
「証拠は?」
「目撃者がいる」
だが、決定的なものは何一つ出なかった。
「……解放する」
「だが、いつでも呼び出せると思え」
詰所の外。
解放後。
外へ出る。
冷たい空気が肺に刺さる。
シノが震えた声で言った。
「……時間を取られましたね」
「ああ」
ゼンは短く答えた。
だが、胸のざわつきは消えない。
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「よう」
背後から、軽い声。
河内の風穴の三人――レン、ラミール、ポポ。
レンが笑う。
「お前ら捕まえたの、俺のとこの騎士団なんだよ」
「災難だったな」
ラミールが手を振る。
「あの子によろしくねー」
その瞬間。
ゼンの背中を悪寒が走った。
「シノ、行くぞ」
「え?」
「嫌な予感がする」
二人は嫌な予感を抱えたまま、
冒険ハウスへ急いで戻った。
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丘を越え、道を抜け、
見慣れた場所に辿り着く。
――だが。
そこにあったのは、
いつもの冒険ハウスではなかった。
壁は割れ、
床は焼け、
結界の痕だけが黒く残っている。
「……内側から通られた」
ゼンが、低く呟く。
急いで中へ入る。
呼ぶ。
「ルル!」
返事はない。
寝室。
食堂。
屋上。
どこにも、いない。
そして――
置いてあったはずの魔導書も、消えていた。
「……誘拐された」
ゼンの目に、
はっきりと怒りが灯った。
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同時刻。
別の場所。
意識が、浮上する。
冷たい感触。
縛られた手足。
「……ここ……」
足音。
「お目覚めですか」
低い声。
ルルは、重い瞼を持ち上げた。
「……だれ……?」
闇の向こうに、人影が浮かぶ。
フィンが、平然と名乗るでもなく言った。
「安心してください」
「少々、拉致させていただきました」
一拍。
「あなたに、用があっただけです」
「私は――
あなたの故郷、ラディ村を襲撃するよう命じた者です」
ルルの呼吸が、一瞬止まった。
「……ラディ村」
「お前の、しわざだったのか」
ルルは、はっきりと睨み返す。
フィンは隠すこともなく答えた。
「ええ」
「私は闇ギルドの人間です」
淡々と続ける。
「ラディ村は……残念でしたね」
ルルの喉が鳴る。
怒りが、声になる直前――フィンが先に言葉を重ねた。
「私たちはただ、失われた魔法をミントさんに教えて欲しかっただけなんですよ」
「それなのに――」
薄い笑みのまま、心底つまらなさそうに息を吐く。
「あんなちんけな村のガキ達に魔法を教えるから、あなた達には教えられない」
「そう言われましてね」
ルルの目が、揺れる。
フィンは肩をすくめた。
「それなら……壊すしかないでしょう?」
その言葉が、針みたいに刺さった。
フィンは、まるで昔話でもするように続ける。
「私は命令しただけです」
「実際に手を汚したのは、下っ端」
「ミントさんは、私が命令したとも知らずに」
「いきなりギルド乗り込んできて――」
ルルの歯が、ぎり、と鳴った。
フィンはさらに、淡々と事実だけを積み上げる。
「自滅魔法でギルドを大爆発」
「すごい被害でした」
口元が歪む。
「おかげで、私たち三人以外、死にましたよ」
ルルの全身が震えだす。
フィンは、嘲るでもなく、淡い興奮を帯びた声で言った。
「私たちは絶望でしたよ」
「計画は遅れ、組織は潰れかけた」
「――でも」
そこで声が少しだけ甘くなる。
「まさか弟子がいたなんて」
「知った時は、嬉しくてたまらなかった」
ルルの瞳が濡れる。
フィンは、平然と“目的”を告げる。
「あなたに託されたなら」
「それを奪えばいい」
「あなたを痛めつければ」
「ミントさんに返せる」
にこり、と笑う。
「――今から仕返ししましょうか」
「ミントさんの代わりに、あなたが泣けばいい」
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ルルの声は、震えていた。
だが、芯だけは折れない。
「……その名を」
「軽々しく呼ぶな」
次の瞬間。
「お前らは――絶対に殺す!!」
ルルの魔力が、膨れ上がる。
縛られているはずの身体の周囲で、光が爆ぜた。
拘束具の金属が、熱で鳴る。
ルルは息を噛み、詠唱を吐き捨てる。
「集え、光……!」
「鎖を灼け、枷を断て――!」
杖も何もない。
それでも“光”が、ルルの周囲に走った。
拘束が、焼き切れる。
足が、床を踏む。
だが――
「……はい、そこまで」
フィンが指先を動かした。
闇が、空気の隙間から滲む。
目に見えない糸が、ルルのこめかみに絡みつき、思考を引き裂いた。
精神干渉。
視界が、ねじれる。
「……っ、な……に……」
フィンは近づき、囁く。
「ミントさんの最後」
「見せてあげましょう」
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燃える光。
崩れる壁。
焦げた匂い。
師匠の声――。
記憶が、流れ込む。
心臓が、砕ける。
「やめ……ろ……!」
ルルは叫ぶ。
「あああああああああああああああ!!」
叫び声が、部屋を裂く。
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そのとき。
扉が、破られた。
「ルル!!」
ゼンの声が、意識を繋ぎ止めた。
フィンが、心底邪魔そうに眉を寄せる。
「……邪魔をしないでください」
「今、いいところだったのに」
続いて、足音。
リリィとサージが入ってくる。
サージが低く言う。
「何の音だ」
フィンが視線だけで返す。
「……少々、面倒が起きました」
リリィは苛立ったように舌打ちする。
「で? 魔導書の解読はどうするの」
サージが肩をすくめる。
「まだだろ」
リリィが吐き捨てる。
「全然無理」
「まだ時間かかるわ」
フィンは淡々と言う。
「解読を急いでください」
サージが睨む。
「でもこいつら相手じゃ、一人はさすがに厳しいだろ」
リリィが笑う。
「そうよねー」
「ルルって子ひとりなら雑魚だけど――」
視線がゼンへ。
「……こいつは別」
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ゼンは歯を食いしばり、ルルのそばへ踏み込む。
(AI、ルルはどうなってる)
《精神干渉によるダメージで疲弊しています》
《浄化が必要。詠唱を提示します》
ゼンは即座に詠唱する。
「集え、光」
「この身を縛る影を、静かに祓え――浄光」
ゼンの手から淡い光が広がり、ルルの身体を包む。
ルルの呼吸が、少しずつ整う。
瞳が、焦点を取り戻す。
フィンが目を細める。
「……おかしいですね」
「あれを……治しますか……」
ゼンは前に出る。
「ルルは触らせない」
ルルが、かすれた声で言った。
「……こいつらは」
「私にやらせて」
その目は、怒りだけじゃない。
“覚悟”だった。
ゼンは一瞬迷い――そして頷く。
「わかった」
「でもルル、俺らがついてる」
「無茶はするな」
シノも、涙をこらえながら頷く。
「そうですよ、ルルさん……!」
ルルは短く笑った。
「ありがとう」
「……大丈夫。一瞬だから」
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ルルは、杖を握り直す。
魔導書で見た文字列。
失われた構造。
“原初の光”。
ルルの周囲の空気が、張り詰める。
「天よ」
「我が声を受け、光を降ろせ」
床に、魔法陣が走る。
円が一つ、立ち上がる。
その上に、もう一つ。
さらに、その上に、もう一つ。
三重の魔法陣。
魔力が、膨大に溢れ出す。
髪が、風もないのに揺れた。
フィンの表情が、初めて明確に歪む。
「……こ、これは……」
「ロストマジック……!」
(AI)
《膨大な魔力を計測》
《術者の危険を察知》
ゼンが叫ぶ。
「ルル! それ以上はだめだ!」
だが、ルルは止まらない。
視界には、フィンしかいない。
「師匠の名前を汚した」
「私の村を壊した」
「そして、ママを」
「……許さない」
ルルの声が、震えから“確信”に変わる。
「第一、光を束ね」
「第二、光を研ぎ」
「第三、光を裁きとせよ――」
そして、最後の言葉。
「裁け」
「失われた光よ、天より堕とせ!!」
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世界が、白くなる。
眩しさじゃない。
圧力だ。
天から、巨大な光柱が落ちた。
地面が鳴り、空気が割れる。
衝撃で、床の塵が舞い上がった。
フィンが闇の盾を張る。
闇が膜のように広がる。
だが、光柱が“押し潰す”。
サージが踏み込み、何かを放とうとする。
間に合わない。
リリィが叫ぶ。
「は……? なにそれ……!」
光が、三人を飲み込む。
焼ける音すら、途中で消えた。
次の瞬間――
闇ギルドの三人は、跡形もなく消滅していた。
残ったのは、えぐれた地面と、焼けた空気だけ。
煙も、匂いも、遅れて戻ってくるほどの“無”。
シノが震える声で呼ぶ。
「ルルさん……!!」
ルルは杖を支えに立っていた。
だが、その手が、ほどける。
膝が折れる。
魔力が、完全に空っぽになった。
倒れ込むルルを、ゼンが抱きとめる。
「……ルル!!」
ルルはかすかに笑った。
「……できた……」
ゼンの声が震える。
「……ついにできたんだな……」
ルルは、最後の気力で唇を動かす。
「……いえい……」
そして、意識が落ちた。
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その後、河内の風穴は、
闇ギルドと繋がりを持ち、騎士団を利用して冒険者を拘束させていた事実が明らかになった。
目的は、冒険者の足止め。
その隙に、闇ギルドを動かすためだった。
調査の結果、
《黒牙の咆哮》殺害への関与も認定され、
河内の風穴は貴族の地位を剥奪され、投獄されることとなる。
失われた光は、確かに戻った。
だがそれは、終わりではない。
静かに眠るルルを見つめながら、
ゼンは、そう確信していた。
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(第二十一話 完)
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ここまで読んでいただきありがとうございました。
戦いが続いたので次回からスローライフしますw




