第十八話 薄灯(うすあかり)
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ギルドマスターの執務室。
重厚な扉の向こうで、三人は並んで座っていた。
「改めて――優勝、おめでとうございます
私は秘書のパリアと申します。」
柔らかな声で頭を下げたのは、秘書の女性だった。
その隣で、威厳ある老人が微笑む。
「私は、この街のギルドマスター――メストだ。
素晴らしい冒険者たちだな。
……まだEランクとは、正直信じられん」
パリアが補足する。
「今回の大会で、魔獣図鑑の登録数が百種を超えました。
規定により、《空白の足跡》はCランク冒険者へ飛び級昇格となります」
「おお……!」
ルルが目を丸くする。
「昇格については、この後正式な手続きを行いますので、受付までお越しください」
「それと、こちらが今回の優勝賞金。
一千万 RGになります」
「……一千万?」
ルルが思わず声を上げた。
「賞金、あったんですね」
「討伐もできて、賞金ももらえるなんて」
ゼンが笑う。
「いい大会だ!」
メストは喉を鳴らして笑った。
「はっはっは。
魔獣素材はこちらで回収しておるからな。
クリスタルワイバーンの素材もある。元は十分に取れておるよ」
「そういえば……」
シノが思い出したように言う。
「大会での魔獣素材は、ギルド扱いと記されていましたね」
「それより」
ルルが首を傾げる。
「この大会、ギルド管轄だったんですね」
メストは椅子に深く腰掛けた。
「この大会は、歴史が古い。
冒険者ギルドの創設者――アイン・シルバートが考案したと伝えられておる」
「形式は変わったが……」
「今も、その名残は残っておるのだよ」
一拍置いて、メストはパリアに目を向けた。
「パリアくん。少し席を外してくれるかね」
「……承知しました」
扉が閉まり、室内には四人だけが残った。
空気が、わずかに引き締まる。
「……君たちは」
メストが静かに言う。
「失われた魔導書を、手に入れたのではないかね」
三人は、互いに視線を交わし――頷いた。
「やはりな」
メストは目を細める。
「あの場所は、魔法理論に特化した者……
そして、魔法への強い想いを持つ冒険者でなければ辿り着けぬと聞いておる」
「実はな」
「この街のギルドマスターだけが、その存在を知らされておった」
「代々、守り続けてきたのだ」
「……私たちが持っていても、いいんですか?」
ルルが不安げに尋ねる。
「問題ない」
メストは即答した。
「それを見つけられたということが、君たちの資格なのだから」
だが、と続ける。
「ただし……
このことは、あまり口外せぬ方がよい」
「なぜですか?」
シノの問いに、メストは低く答えた。
「失われた魔法は、何百年も前から失われておる」
「……いや、この世界に魔法が生まれた頃から、かもしれん」
「詳しいことは分からん」
「だが、その力を狙う者がおる」
「創設者は、それから守るために、あの魔導書を意図的に隠した……
そう伝えられておる」
「じゃあ……」
ゼンが口を開く。
「また、あの場所に隠しておいた方が……」
「しかしな」
メストは首を振った。
「こうも言われておる」
「この魔導書が、優秀な冒険者に渡った時――」
「その者たちが、失われた魔法の“真の意味”を解き」
「――世界を、開くと」
「……世界を、開く」
ゼンが、ぽつりと呟いた。
「わしも、詳しいことは分からん」
メストは穏やかに笑う。
「だが、これからの冒険で、少しずつ見えてくるのだろう」
「君たちなら……やってくれそうじゃ」
「……できるだけのことは、やってみます」
ルルが、静かに答えた。
「これから、どうするつもりじゃ?」
「もちろん」
ゼンは即答した。
「図鑑を完成させます」
「ほほう」
メストが満足げに笑う。
「楽しみにしておるぞ」
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執務室を後にし、受付へ向かう。
「魔獣図鑑に、新たに七十二種の魔獣が登録されました」
「登録数百種突破により、Cランク冒険者への昇格が確定しました」
「おめでとうございます」
冒険者カードを受け取る。
「ありがとうございます」
ギルド内には、見知った顔があった。
《黒牙の咆哮》――ガルドたちだ。
「ゼン殿! 優勝、おめでとう!」
「ありがとう」
ガルドは声を落とす。
「それよりな……
今回の大会で、《空白の足跡》は一気に有名になった」
「闇ギルドが、ゼン殿たちの勧誘に動いてるって噂だ」
「闇ギルド?」
ルルが眉をひそめる。
「闇属性魔法の使い手は貴重でな」
「ゼン殿の戦い、配信でばっちり映ってた」
「連中は、闇を使える冒険者を集めてるらしい」
「……なるほど」
ゼンは頷いた。
「教えてくれて、ありがとう」
「何かあれば、俺たちも手伝う」
ガルドが胸を叩く。
「命の恩人だからな」
「頼りにするよ」
ゼンは笑った。
「じゃあ、また」
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ギルドを出たところで、三人は立ち止まる。
そこにいたのは――
大会失格となった、《河内の風穴》。
「……おい」
レンが睨みつける。
「よくも俺たちの顔に泥を塗ってくれたな」
「このことは、絶対に忘れない」
「いつか……復讐してやる。覚えておけ」
「あなたたちが、勝手に失格になったんでしょう」
ルルが言い返す。
「許さんからな」
レンは吐き捨て、去っていった。
「……あの方たちは、一体」
シノが呟く。
「気にするのは、やめよう」
ゼンは前を向いた。
「さあ、次の冒険へ行こう」
「次の街も、楽しみだな」
「……呑気ね」
ルルがため息をつく。
「貴族に、闇ギルドに……狙われてるのよ?」
「私が、全力でお守りします」
シノの言葉に、ゼンは笑った。
こうして三人は、新たな冒険へと歩き出した。
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街を出たゼンたちは、そこから半日ほど歩いたところで足を止めた。
「ねえ」
ルルが振り返り、目をきらきらと輝かせる。
「今日は、この辺で休まない?」
「……魔導書、読みたい!!」
その声に、ゼンは思わず笑った。
「そうだな。今日はここで休憩にしよう」
そう言って、アイテムボックスに手を伸ばす。
次の瞬間――
何もない草原に、見慣れた“家”が現れた。
冒険ハウスだ。
「じゃあ、さっそく!」
ルルは待ちきれない様子で中へ駆け込み、
そのまま自室へと籠もってしまった。
「……早いですね」
シノが苦笑する。
「研究者モードに入ったな」
ゼンも肩をすくめた。
「俺たちは、夕食の準備をしよう」
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ゼンはアイテムボックスから、
一体の魔獣を取り出した。
鹿のような姿をした魔獣だ。
「……これは?」
シノが首を傾げる。
「大会で倒した魔獣」
ゼンはあっさり言う。
「グレイスディアだ」
「持って帰ってきた」
「だ、ダメですよー!」
シノが慌てて声を上げる。
「大会の魔獣はギルド扱いって、書いてありましたよ!」
「一匹くらい、許してくれるさ」
ゼンは悪びれもせず笑った。
「それより――しか系の魔獣は、うまいらしいぞ」
「……楽しみです!」
シノの表情が、ぱっと明るくなる。
「じゃあ、さっそく切り分けましょう!」
包丁が入り、
肉が焼ける香ばしい匂いが広がっていく。
しばらくして――
三人は、久しぶりに肩の力を抜き、
笑いながら食卓を囲んでいた。
ただ、
温かい食事と、静かな夜だけがそこにあった
揺れる灯りが、テーブルを淡く照らす。
それは、闇を押し払うほど強くはないが、
確かに、そこに在る光。
薄灯の中で、
三人は、次の旅を語り合っていた
―その裏で。
祭りの喧騒から外れた、
街の裏路地。
提灯の灯りも届かない細道で、
二つの影が向かい合っていた。
《河内の風穴》。
濡れた石畳に、足音が低く響く。
「……なんだ、お前たちは」
闇の奥から、もう一組の影が姿を現す。
《深森の観測者》。
「少々、《空白の足跡》について
お話がありまして」
路地の奥。
壁際の陰から、その様子を見ている者たちがいた。
《黒牙の咆哮》。
「……なんだ、あいつら」
風が吹き抜け、
紙屑が転がる。
不穏な空気の中、
お祭りの街・バルカンでの旅は、静かに幕を下ろした。
――だが。
《黒牙の咆哮》の三人が、
後日、遺体で発見されることを。
この時のゼンたちは、まだ知らない。
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第十八話 完
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▼ 魔獣図鑑 進捗ログ
討伐登録種類数:105種
冒険者ランク:C




