第十三話 シノの想い
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グランド・ハント・サバイバル本戦、1日目。
森の奥へと進んでいた《空白の足跡》の三人は、
苔に覆われた古い石碑の前で足を止めていた。
長い年月を経た石は、
まるで森そのものと同化したかのように佇んでいる。
「……何だろう、これ」
ゼンが小さく呟く。
その間に、
シノが石碑の裏側へと回り込んだ。
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「ちょっと、これ見てください!」
呼ばれて、ゼンとルルも裏へ回る。
そこに刻まれていたのは――
一部が欠けた魔法陣と、かすれた文字。
ルルが、じっと目を凝らした。
「文字の方はかすれて読めないけど……
これは、転移魔法陣ね」
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「転移魔法?」
ゼンが問いかける。
「解読できそうか?」
「ええ。まかせて。
転移魔法は基本が無属性だから……」
ルルは指先で、
空白になっている部分をなぞる。
「この理論構成なら――
こうが正解じゃないかしら」
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次の瞬間。
石碑の魔法陣が、淡く光を放った。
森を渡る風が、ざわりと揺れる。
空間が、歪んだ。
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「おっとぉぉ!!
長年解読されなかった上位魔法を、あっさり解読!!」
実況席が一気に沸く。
「魔法陣が起動したぁ!!
そして――希少魔獣、出現だぁ!!」
魔導モニターに映し出されたのは、
木々の影そのものが立ち上がったような異形の魔獣だった。
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――解析開始
――対象:希少魔獣《影樹獣シャドウ・リグナ》
――脅威度:D
――属性:地
――生息例:極少
(なるほど)
ゼンは即座に状況を把握する。
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「いきます!」
シノが、一歩前へ出た。
だが――
魔獣は想像以上に素早かった。
地面を滑るように移動し、
シノの間合いを外す。
「っ……!」
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三人で追う。
だが、
森の地形が足を取る。
木の根。
湿った地面。
シノの動きが、
ほんの一瞬、遅れた。
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「……っ!」
その隙を、シャドウ・リグナが見逃さない。
反転し、反撃。
「シノ!」
ゼンが叫ぶ。
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瞬時に、ルルの結界が展開される。
魔獣の攻撃が、光の壁に弾かれた。
「シノ、無理するな!」
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ゼンは、迷わない。
「燃えよ――炎爆球」
次の瞬間、
巨大な火球が放たれる。
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爆炎。
影のような魔獣は、
その場で燃え尽きた。
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「決まったぁ!!」
実況が響く。
「空白の足跡!
希少魔獣シャドウ・リグナを討伐!!
スペシャルポイント五十ポイント獲得だぁ!!」
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戦闘が終わる。
シノは、俯いた。
「……す、すみません」
「足手まといに……」
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ゼンは、すぐに首を振る。
「気にすんな」
「実戦は、これからだ」
その言葉に、
シノは小さく頷いた。
(……こんなんじゃ、だめだ)
(せっかく、ゼン君について来られたんだ)
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――回想。
屋敷の庭。
午後の陽射しの下、
ゼンは一人、魔法の修行をしていた。
「……はぁ、はぁ……」
少し離れた場所で、
その姿を見つめる従者――シノ。
「……ゼン様」
「ゼン様は、そんなになるまで修行して……
いつか、どこかに出ていかれてしまうんですか?」
「ああ。
俺は、やらなきゃいけない事があるからな」
「……わ、わたしも
連れていっていただけませんか?」
「シノは魔力がほとんどないからな。
正直、今は難しいかもしれない」
「ほとんどの魔獣は、
属性のオーラを身体にまとっている」
「そのオーラを破れなきゃ、
魔獣は倒せない」
「でも、シノには刀の才能がある」
「無属性のオーラを
刀にまとわせられるようになれば、魔獣も斬れる」
「それなら――
一緒に行けるかもしれないな」
ゼンは、そう言って笑った。
「……わかりました!」
「い、いっぱい、修行します!」
そう言って、
シノは毎日、刀に魔力を込める修行をした。
だが、どうしてもうまくいかない。
ある日――
シノは庭先で、膝から崩れ落ちた。
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「……シノ!」
駆け寄ったのはゼンだった。
寝台に運ばれ、
薄い布団を掛けられたシノは、か細い声で言う。
「申し訳ありません……ゼン様」
「やはり私では……刀に魔力を込められません……」
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ゼンは、しばらく黙っていた。
そして、静かに問う。
「……そんなになるまで、ついて来たいのか?」
「はい」
シノは迷いなく答えた。
「私は、ゼン様の従者ですから」
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ゼンは小さく息を吐き、頷いた。
「わかった」
「属性鉱石って、知ってるか?」
「……いえ」
「その鉱石で作った武器なら、
シノでも魔力を込められるかもしれない」
「……その鉱石は、どこに……?」
「俺が必ず、見つける」
ゼンは、はっきりと言った。
「必ずその鉱石で、シノの刀を作ってやる」
「だから――もう無理するな」
「……はい!」
シノの顔が、ぱっと明るくなる。
「ありがとうございます……!」
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――回想、終わり。
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シノは、拳を握る。
(……ゼン君は)
(私のために、刀を作ってくれたんだ)
(こんな私のわがままに、答えてくれた)
(だから――)
(絶対に、無駄にはしない)
(あの約束も、この刃も)
(私は、私の力で証明する)
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それからも三人は、
森エリアの魔獣を順調に討伐していく。
討伐ポイントは、
すでに200ptを超えていた。
そして――
夜。
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森が、鳴動した。
圧倒的な魔力。
先ほどとは、明らかに違う。
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「……なにか、来たわ」
ルルが息を呑む。
森の奥から、
巨体が姿を現す。
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――解析開始
――対象:森の主 ガイア・ベヒルド
――脅威度:B
――属性:地
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「森の主だ……」
ゼンは前に出る。
「シノ、ルル。
俺の後ろに――」
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だが。
シノが、一歩前へ出た。
「ゼン君」
「ここは……私に、やらせてください」
「もう私は、ついていくだけじゃありません」
真剣な眼差し。
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一瞬の沈黙。
ゼンは、少しだけ考え――
「ああ、わかった」
「任せたぞ」
「はい!」
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「えっ……!?」
ルルが声を上げる。
「あんな高ランクの魔獣……!」
ゼンも、黙って見つめていた。
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シノは、魔獣へ向かう。
迫る攻撃を、
紙一重でかわし――
静かに、刀を抜いた。
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その瞬間。
白妙の刀身に、
何色にも染まらない無属性オーラが宿る。
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「……刀に、魔力が」
ルルが息を呑む。
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一閃。
音もなく。
《ガイア・ベヒルド》の首が、
すぱん、と宙を舞った。
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沈黙。
観客席も、
実況席も、言葉を失う。
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「な、なんて事でしょう!!」
パンヤーが叫ぶ。
「シノ選手は――
魔力が少ない、か弱い存在ではありませんでした!!」
「Bランク魔獣を――
一瞬にして、討伐!!」
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ミーヤが冷静に解説する。
「刀に魔力を込めることで、
少ないリソースで最大限の威力を発揮しています」
「武器に魔力を込めるのは、
長年の鍛錬が必要とされています」
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魔獣を倒したシノは、
振り返り、二人を見る。
柔らかな笑顔。
ルルは、言葉を失っていた。
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ゼンが、誇らしげに笑う。
「な?」
「言っただろ」
「シノは――天才なんだよ」
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ゼンは軽く肩をすくめる。
「今日は、ここらへんで休憩だ」
その後。
ゼンはアイテムボックスから家を取り出す。
「なんとぉぉ!?
家が出現だぁ!!
なんて快適な冒険ライフなんだぁ!!」
実況が騒ぐ。
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三人は家に入り、
ルルとシノは屋上の露天風呂へ向かう。
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「おっとぉ!?
まさかの入浴シーン!!」
「……これは、映せません!!」
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「ふぅ……気持ちいい」
ルルが言う。
「さっきの魔獣、よく倒せたわね」
シノは少し照れたように答える。
「ルルさんも、魔法陣の解読、素晴らしかったです」
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だが、ルルは湯の中で腕を組む。
「でも……
やっぱりおかしいのはゼンよね」
「あれだけ魔力使って、平然としてるんだから」
「才能があるって、いいわよね」
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シノは、静かに答えた。
「……そう思いますか?」
「確かに、もともと
魔法の才能はあったと思います」
「でも、私は――
おかしいとは思いません」
「ゼン君が幼いころから、
毎日毎日、血を吐くほど努力していたのを
ずっと見てきましたから」
「ゼン君がすごいのは、
彼の努力のたまものです」
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「……そんな努力家だったなんて」
「ゼン、何も言わないんだもん」
ルルが、少し驚いたように言う。
「そうですよね」
シノは、笑顔で答えた。
二人は湯船に浸かり、
一日の疲れを癒した。
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――その頃。
森の奥。
闇に溶ける影が、ひとつ。
木々の合間から、三人の拠点を見下ろしていた。
「……あれ?」
低く笑う男の声。
「せっかく連れてきた魔獣……
あっさり倒されちゃったな」
その視線が、ゆっくりと細まる。
「……面白い」
迫りくる敵の影は、
音もなく、確実に――三人へ近づいていた。
まだ、ゼンたちは気づいていない。
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こうして。
グランド・ハント・サバイバル本戦、
一日目は幕を下ろす。
だが――
物語は、ここから加速する。
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第十三話 完
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▼ グランド・ハント・サバイバル
進捗データ(1日目終了時点)
パーティー:空白の足跡
現在順位:2位
総獲得ポイント:220
討伐魔獣:18種




