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たった一通のLINEを書くのに

作者: げんのすけ
掲載日:2025/12/14

 そのLINEを送るまでに、こんなにも時間をかける必要があるのだろうか、と自分でも思った。


 たった数行だ。本の話をするだけ。相手は昔一緒に働いていた人で、特別な用件があるわけでもない。それでも指は止まり、文は消され、また書き直される。まるで慎重に地雷原を歩いているみたいだな、と少し可笑しくなる。


 きっかけは、一冊の漫画だった。『本なら売るほど』。このマンガがすごい!を受賞したと知って、半分は野次馬的な気持ちで手に取った。読み始めてすぐに、静かな感情の波がやってきた。一話完結で語られる、本にまつわる小さなエピソード。そのどれもが派手ではないのに、確実に心の奥をノックしてくる。


 読み進めるうちに、自分が最近ほとんど紙の本を買っていないことに気づいた。電子書籍で十分だと思っていたはずなのに、ページをめくる指の感触や、背表紙が並ぶ光景が、急に懐かしくなる。気づけば、近所の古本屋の場所を思い出していた。


 この感覚を、誰かに伝えたくなった。別に感動を共有して盛り上がりたいわけじゃない。ただ、「こういうの、あったよ」と、そっと差し出すような気持ちだった。


 相手の顔が浮かぶ。本が好きで、ドラマの話もよくしていた人。仕事を離れてから何年か経っているが、不思議と距離を感じない。だからこそ、雑な言葉は使いたくなかった。


 文章を考え始めると、自分が妙に慎重であることに気づく。おすすめと言うのは違う。押しつけたくはない。かといって、素っ気なさすぎるのも違う。敬意、と呼ぶほど大げさじゃないが、この人にはきちんとした言葉を渡したい、という感覚。


 考えすぎだろうか。たぶん、そうだ。それでも、この癖は昔から変わらない。雑に生きない代わりに、少し回り道をする。損をすることもあるが、大きな失敗はしない。その積み重ねで、ここまで来たのかもしれない。


 最終的に選んだ文は、驚くほどシンプルだった。


 ――『本なら売るほど』という漫画を読んだんですが、これめっちゃ良かったです。


 送信ボタンを押したあと、少しだけ肩の力が抜けた。深く考えた時間も、迷った言葉も、すべて無駄ではなかったと思える。返事が来るかどうかは分からない。それでもいい。


 本の話をしたいと思える相手がいること。それ自体が、静かな幸福なのだと、画面を閉じながら思った。


(了)

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