「あの曲に会いたい」シリーズ(その29) ー 男達の詩
ふとした瞬間に、耳の奥で鳴り出すメロディ。
どこかの喫茶店で、通りのスピーカーから、あるいは記憶の片隅から――
「あの曲、もう一度聴きたいな」と思うことがあります。
このシリーズは、そんな“音の記憶”をたどるエッセイ(ほとんど独り言…)です。
1960年代から80年代の曲を中心に、ジャンルも国境も問わず、ロックもポップスも歌謡曲もフォークも、何でもありです。
え? 私の年齢? それはヒミツです。
シリーズタイトルは、NHKの番組『あの人に会いたい』のパクリです。(;'∀')
でも、「あの曲が聴きたいなぁ」と思うときって、曲を聴くのと同時に――
当時その曲を聴いていた“自分”に会いに行くような感覚も、どこかにある気がします。
(こじつけ感ツヨっ!)
投稿は不定期で~す。(;^ω^)
男達の詩
1990年に吉田拓郎さんがリリースした曲です。
作詞、作曲共に吉田拓郎さんです。
吉田拓郎さんが世に送り出した数々の名曲の中で、ひょっとしたら私、今はこの曲が一番好きかもしれません。
一聴して、
「うひゃー、カッコいい!」
私のこの曲の印象は、嵐の中を黙々と進むように、純情真っしぐらに生きてきた男達に
「お疲れさん!いろいろあったけど、まぁ、今日は浮世を忘れて浮かれようじゃないか!」
という男達への労いの歌に聴こえるのです。
どんな"男達"に向けられた歌なのかは分かりません。
でもこれを聴いた当時、私は図々しくも、拓郎さんに労われている様な、何だかポーッとしてしまう様な感覚を抱いたのです。
(ホント、図々しいッスよね (^^ゞ)
優しさ、労い、そして "生きる位は たやすいこと 男達は純情燃やす" と言うクールな表情などが込められた歌詞が、スタイリッシュなロック調のサウンドに乗って、ビュンビュン刺さってきたのです。
この"粋な"労い方に
「うひゃー、カッコいい!」
となった気がします。
この曲を聴いた時、拓郎さんの代表曲の一つ《落陽》がふっと浮かんできました。
1973年にリリースされた曲で、作詞は、岡本おさみさんです。
この曲もある"男"に向けられた歌です。
男とは、恐らく "博打打ちのじいさん"です。
歌詞の中に "あんたこそが正直者さ" という一節があります。
"男達の詩"同様に、やはり"純情燃やす"男に向けられた歌ではないでしょうか?
でも、労っているのではなく、時代に取り残されそうな博打打ちのじいさんに対して抱く、愛情や憧れの"熱"のようなものを感じるのです。
あ〜、拓郎さんの、純情燃やす男への愛情や憧れの"熱"が、17年経って”労い”に変わったのかなぁ、なんて勝手に解釈しております。
で、この《男達の詩》のPVがマタめっちゃカッコいいのです。
スタジオライブ風のステージの上で、拓郎さんとバックミュージシャン達(元オフコースのメンバーが参加しています)がこの曲を演奏します。
拓郎さんは、一段高いステージの真ん中に立ち、短髪でサングラスに胸開きシャツ、お洒落なジャケット、パンツでビシッと決めて、テレキャスター(たぶん...)を弾きながら歌います。
その姿に、ブラック・レインに出演されていた、松田優作さんの様なカッコ良さを感じてしまうのであります。
(このセットで《落陽》は歌えない感じです。)
余談ですが、私が思う「ギターを弾く立ち姿がカッコいいミュージシャン」は、吉田拓郎さんとチャーさんです。
\(^^)/
冒頭で「ひょっとしたら、拓郎さんの曲の中で、今はこの曲が一番好きかもしれません。」なんて書きましたが、実は気分や時期によって《落陽》だ、とか《外は白い雪の夜》だ、なんて、コロコロ変わっているのです。(^o^;
拓郎さんの曲もビートルズの曲もそうなんですが、たまに「どの曲が一番好き?」何て聞かれて、「そうだなぁ〜、今は◯◯かな」なんて答えると、大概怪訝な顔をされるのでした。
だって、いい曲が沢山あり過ぎて...分かって欲しかったなぁ...
※この曲は動画サイトなどで検索すると聴けます。
(検索ワード:「男達の詩 吉田拓郎」)




