「あの曲に会いたい」シリーズ(その26) ー 私の青空(前編)
ふとした瞬間に、耳の奥で鳴り出すメロディ。
どこかの喫茶店で、通りのスピーカーから、あるいは記憶の片隅から――
「あの曲、もう一度聴きたいな」と思うことがあります。
このシリーズは、そんな“音の記憶”をたどるエッセイ(ほとんど独り言…)です。
1960年代から80年代の曲を中心に、ジャンルも国境も問わず、ロックもポップスも歌謡曲もフォークも、何でもありです。
え? 私の年齢? それはヒミツです。
シリーズタイトルは、NHKの番組『あの人に会いたい』のパクリです。(;'∀')
でも、「あの曲が聴きたいなぁ」と思うときって、曲を聴くのと同時に――
当時その曲を聴いていた“自分”に会いに行くような感覚も、どこかにある気がします。
(こじつけ感ツヨっ!)
投稿は不定期で~す。(;^ω^)
私の青空(前編)
1973年に日本のフォークシンガー、高田渡さんがリリースしたカバー曲です。
オリジナルは古く、1927年にリリースされたアメリカのポピュラーソングです。
Wikiによると、作曲は、ウォルター・ドナルドソン、作詞は、ジョージ・A・ホワイティング、日本語訳詞は、堀内 敬三さんです。
高田渡さんは、私にとってある種特別な存在です。
その作品だけでなく、高田渡という人物そのものに、私は魅かれているのであります。
ですが実は、高田渡さんに"ハマった"のは割と最近です。
1969年に「自衛隊に入ろう」がレコード化されて話題になったのは覚えていますが、高田渡さんの曲を聴くことはなかったんですね。
高田渡さんの曲をろくに聴いてもいないのに、当時は「メッセージ・ソングを歌うフォークシンガー」なんていうイメージを何となく勝手に持っていて、それで聴いていなかった気がします。
(当時は「メッセージ・ソング」という響きが好きじゃなかったんですね)
高田渡さんにハマったきっかけは、2004年に公開された高田さんのドキュメンタリー映画「タカダワタル的」です。
「何だかとても面白そう」、それで後にDVDを購入して見たら、実際とっても面白かったんですね。
NHKの高田さんのドキュメンタリー番組も見ました。
お酒が好きで、ステージ前やステージ上で飲んで、演奏中に寝ちゃったり、曲の合間の飄々としたオシャベリが楽しいんです。
それで、
「うわ~、こんな生き方が出来たらなぁ〜、でも絶対に出来ないな〜」
と、一気にミーハー的にハマってしまいました。
それから高田さんの著書も読みました。
高田さんはお酒が原因で入退院を繰り返していたようですが、あるお酒をテーマにしたエッセイ集に寄稿していて、こう書いてあったんですね。
「死ぬまで生きることにした」
これ、私の座右の銘みたいになってます。
こんな感じで高田渡さんの曲をよく聴くようになったのであります。
(かなり後発ですね (^O^;))
高田渡さんは、山之口貘、金子光晴、ラングストン・ヒューズなどのアメリカの黒人詩人、添田唖然坊といった、明治〜昭和初期の詩人達の詩に曲を付けて歌う事が多かった様です。
中でも、山之口貘、金子光晴の私の印象は「放浪者」です。
特に、山之口貘の詩を歌った「生活の柄」は"定住できない放浪状態"を歌っているように感じます。
これが、ギター1本で全国各地を回り、小さなライブハウスや喫茶店で歌うというスタイルを貫いた、私が持つ高田渡さんのイメージにバッチリと重なるんですね。
何と言いますか、「生活者としての旅」を歌い続けた人、それが高田渡という人ーー
前置きが長くなってしまいました。(^_^;)
で、《私の青空》なのですがーー
勿論、とても好きな曲なのですが、私はこの選曲にずっと違和感を持っていたのであります。
何故か...それは後編でお話しさせていただきたいと思います。
(気づいたら、前置きが随分長くなってしまいました。
すみませんです。m(_ _)m)
※この曲は動画サイトなどで検索すると聴けます。
(検索ワード:「私の青空 高田渡」)




