「あの曲に会いたい」シリーズ(その23) ー ロマンス(ガロ)
ふとした瞬間に、耳の奥で鳴り出すメロディ。
どこかの喫茶店で、通りのスピーカーから、あるいは記憶の片隅から――
「あの曲、もう一度聴きたいな」と思うことがあります。
このシリーズは、そんな“音の記憶”をたどるエッセイ(ほとんど独り言…)です。
1960年代から80年代の曲を中心に、ジャンルも国境も問わず、ロックもポップスも歌謡曲もフォークも、何でもありです。
え? 私の年齢? それはヒミツです。
シリーズタイトルは、NHKの番組『あの人に会いたい』のパクリです。(;'∀')
でも、「あの曲が聴きたいなぁ」と思うときって、曲を聴くのと同時に――
当時その曲を聴いていた“自分”に会いに行くような感覚も、どこかにある気がします。
(こじつけ感ツヨっ!)
投稿は不定期で~す。(;^ω^)
ロマンス
1973年に、日本のフォーク・ロックグループ、ガロがリリースした曲です。
大好きな曲です。
ガロと言えば、《学生街の喫茶店》を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
《学生街の喫茶店》も私の好きな曲です。
この曲は、学生時代を振り返って懐かしみつつ、でももう時は流れ、多くの事が変わってしまった、という"回顧の歌"といった感じです。
で、今回の曲、ロマンス。
郷愁を誘う様な、切なくて美しいメロディです。
また、イントロのマンドリンの音が切なくて、更にその"郷愁感"を盛り上げているようです。
実は、長く恋の歌だと思って聴いていました。若いふたりの、甘くて少し眩しい時間を描いた曲だと。
ところが、歌詞を改めて眺めてみると、どうにも引っかかるのです。
まず——
恋愛の真っ最中の若者が「若い愛の日を忘れないで」と言うだろうか。
まだ終わってもいない恋を、なぜ“思い出扱い”しているのか。
そしてもう一つ。
タイトルは「ロマンス(恋愛)」なのに、歌詞の中では「ロマン(理想)」と歌われている。
この二つの違和感が、静かに私の中でひとつに繋がった瞬間、
この曲の見え方がガラッと変わったのであります——。
(ここから先は、チョー私的な解釈であります)
「あれ、これって《学生街の喫茶店》の語り手の“その後”ではないか?」
《学生街の喫茶店》は、
若い日の恋と日々を振り返る“回顧の歌”でしたよね。
学生時代の喧騒、
ボブ・ディラン、
二人で過ごした静かな午後、
今はもう戻らない季節。
その語り手は、すでに“時間の外側”に立っていました。
そして。
あの語り手がさらに歳を重ねると、
きっとこう言うようになるのではないか。
「若い愛の日を忘れないで」
「今日は僕達に二度とは来ない」
——これはまさに、“振り返る人”の言葉なのではないでしょうか。
恋の真っ最中の若者が言う台詞ではなさそうです。
人生を少し長く歩いた人間だけが、
初めて実感として語れる言葉。
すると、あの切なく美しいメロディと
透明度の高いサウンドが、
唐突に別の意味を帯びて響いてくるのです。
それは恋の歌というより、
“若さそのもの”への郷愁をまとった歌だったのだ、と。
マンドリンの音色が胸の奥でちょっと震えるようなのも、
恋のきらめきというより、
もう戻らない季節をそっと撫でるような響きに聴こえてくるのでした。
もし《学生街の喫茶店》の語り手が歳を重ね、
若い恋人たちを見守る立場になったとしたら——
その時生まれるのが、この《ロマンス》なのかもしれません。
「変わらぬロマンの花を咲かせよう」
この言葉さえ、
“恋愛の約束”ではなく、
“若さの理想をどうか大切にしてほしい”という人生の先輩からの願いのように響いてきます。
こう考えると、
曲全体に漂っていた郷愁の気配も、
私の中で、すべてがぴたりと整っていくのでした。
ちなみに、(その9)で書かせていただいた、岩崎ひろみさんの曲「ロマンス」では、歌詞中でも"ロマンス"と歌われています。
>ヽ(`Д´)ノ ほぉう、だからなんなんじゃっ!!
い、いえ別に...ただ同じタイトルだったもんで…(ってか、なんで怒られてんだ...?)
※この曲は動画サイトなどで検索すると聴けます。
(検索ワード:「ロマンス ガロ」)




