「あの曲に会いたい」シリーズ(その14) ー カレーライス
ふとした瞬間に、耳の奥で鳴り出すメロディ。
どこかの喫茶店で、通りのスピーカーから、あるいは記憶の片隅から――
「あの曲、もう一度聴きたいな」と思うことがあります。
このシリーズは、そんな“音の記憶”をたどるエッセイ(ほとんど独り言…)です。
1960年代から80年代の曲を中心に、ジャンルも国境も問わず、ロックもポップスも歌謡曲もフォークも、何でもありです。
え? 私の年齢? それはヒミツです。
シリーズタイトルは、NHKの番組『あの人に会いたい』のパクリです。(;'∀')
でも、「あの曲が聴きたいなぁ」と思うときって、曲を聴くのと同時に――
当時その曲を聴いていた“自分”に会いに行くような感覚も、どこかにある気がします。
(こじつけ感ツヨっ!)
投稿は不定期で~す。(;^ω^)
カレーライス
1971年に、日本のシンガーソングライター、遠藤賢司さんがリリースした曲です。
1971年当時、私は遠藤賢司さんの事を知りません。
知ったのは随分後のことです。多分、5、6年くらい後。
友人の家で音楽談義をしていた時、突然その友人がギターを取り出して、この歌を歌い始めたのです。
「なに、その変な歌。オリジナル?」
これが私の第一声。
友人は「遠藤賢司さんの《カレーライス》という歌だ」と教えてくれました。
“恋人の作るカレーライスをただ待っている男の歌”
これが、その時の私の印象でした。
でも、なんとなく引っかかっていたんですね、この(変な)曲。
ある日、その友人から《カレーライス》が収録されているアルバム「満足できるかな」を借りたのでした。
聴いてみてまず思ったのが、ボブ・ディランの《コーヒーもう一杯》に似ているかも…ということ。
※実際には本作のほうが先でしたが、私がディランを先に聴いていたせいですね。失礼致しました。(^^ゞ
それでもやっぱり“恋人の作るカレーライスをただ待っている歌”に聴こえました。
当時は、「四畳半フォーク」と呼ばれた、恋人同士の貧しくも温かい“物語”がヒットしていました。
かぐや姫《神田川》《赤ちょうちん》
風《22歳の別れ》
などが代表でしょう。
《カレーライス》も一見すると「四畳半フォーク」に見えますが、どうも違う。
恋人なのか夫婦なのか分からない。
四畳半なのか一軒家の台所なのかも分からない。
語り手はギターを弾き、テレビを観ながら、ただカレーの出来上がりを待っている──
それだけ。
そして突然、こんな一節が出てきます。
> 僕は寝転んでテレビを見てる
そしたら誰かがぱっと
お腹を切っちゃって
あ〜、痛いだろうにね
私は初め、「時代劇の切腹シーンでも見てるのだろう」と思っていました。
ところが後に雑誌で、
「これは1970年の三島由紀夫の割腹自殺を示唆している」と知り、
「うわっ、マジか!」と驚きました。
だって、もし本当にテレビでそれを目撃したのだとしたら、「あ〜、痛いだろうにね」じゃなくて、もっと驚くでしょ!
その一方で、カレーの具材を切っている恋人(?)が誤って手を切ると、「バカだな」と言いながらも、どこか心配している。
《カレーライス》は、四畳半フォークのような私生活の“物語”ではなく、生活のほんの“一瞬”をスナップ写真の様に切り取り、その中に、一歩(数歩?)引いた社会との距離感をそっと忍ばせているように思えたのであります。
最初の印象から随分変わってしまいましたね(^O^;)
事の真相は定かでがありませんが、それでも、知らない、ということは恐ろしい...そう思ってしまうのです。
余談ですが、遠藤賢司さんは1974年に渋谷の道玄坂にカレー店「ワルツ」を開店。
本当にカレーが好きだったのですね。(^.^)
この曲を聴くと、もう滅多に会うことのなくなった友人が、ギターを弾きながら歌ってくれたあの “瞬間” を思い出さずにはいられません。
※この曲は動画サイトなどで検索すると聴けます。
(検索ワード:「カレーライス 遠藤賢司」)




