「あの曲に会いたい」シリーズ(その12) ー ふたりの夏物語
ふとした瞬間に、耳の奥で鳴り出すメロディ。
どこかの喫茶店で、通りのスピーカーから、あるいは記憶の片隅から――
「あの曲、もう一度聴きたいな」と思うことがあります。
このシリーズは、そんな“音の記憶”をたどるエッセイ(ほとんど独り言…)です。
1960年代から80年代の曲を中心に、ジャンルも国境も問わず、ロックもポップスも歌謡曲もフォークも、何でもありです。
え? 私の年齢? それはヒミツです。
シリーズタイトルは、NHKの番組『あの人に会いたい』のパクリです。(;'∀')
でも、「あの曲が聴きたいなぁ」と思うときって、曲を聴くのと同時に――
当時その曲を聴いていた“自分”に会いに行くような感覚も、どこかにある気がします。
(こじつけ感ツヨっ!)
投稿は不定期で~す。(;^ω^)
ふたりの夏物語
1985年に、杉山清貴&オメガトライブがリリースした曲です。
作詞は康珍化さん、作曲は林哲司さん。
1985年といえば、翌年から日本が突入する、あの“狂乱のバブル期”の前夜ですね。
この曲を聴くと、あの頃の空気感——勢い、キラキラ感、何だか浮かれた雰囲気……みたいなものをつい思い出してしまいます。
もうイントロからしてキラッキラ⭐︎です!
アップビートでノリが良くて、チョッパーベースが軽やかに弾けて、杉山さんのボーカルが爽やかで華やかで……
まさにシティ・ポップの真骨頂、バブル前夜を象徴するようなサウンドですねぇ。
そして、このサウンドを語るうえで触れておきたくなってしまうのが、当時“フュージョン”と呼ばれた音楽の存在なのであります。
カシオペアや T-SQUARE など、当時すでに高度な技術と洗練されたサウンドを誇っていた日本のフュージョン系ミュージシャンたち。
彼らの卓越した音づくりと演奏力が、シティ・ポップの「血」と「肉」になっていったのではないでしょうか。
(当時の私は、海外のフュージョンも国内のフュージョンもよく聴いておりまして、「日本のプレイヤー達は世界レベルなんだ!」と勝手に誇りに思っていたのであります。)
「ふたりの夏物語」の洗練されたリズム隊、跳ねるベース、タイトなカッティングギター、キラッキラのキーボード・サウンドは、まさに フュージョンのエッセンス の賜物だと思うのです。
ところで、この曲にはちょっとした思い出があります。
私、歌が全く上手くないのですが、杉山清貴さんの声の音域と私の声の音域がほぼ同じで、当時カラオケではよく「ふたりの夏物語」を歌っておったのです。
ある日の夜、友人と近所に新しくできたスナックを覗きに行ってみると、たくさんのお客さんたちがカラオケで盛り上がっておりました。
ママさん曰く、
「ウチのカラオケには採点システムが付いていて、90点以上だったら焼酎のボトルを一本サービス。だから、いっぱい歌ってね!」
暫く他のお客さんの歌を聴いておりましたが、どんなに上手い人でも90点には届かず、こりゃ相当な高いハードルなんだなぁ、と思っておったのです。
んで、私も歌ってみたんです。「ふたりの夏物語」を。
……なんと、90点超えでした。
ママから笑顔で焼酎のボトルが一本、ドン。
私も友人も、カラオケ装置が壊れているのだと思いました。
だって、私のド下手な歌で90点超えって…… あり得ない。
その後、カラオケ装置の調子を確かめるように、さらに2回歌ったんですね。「ふたりの夏物語」。
2回とも、まさかの90点超え。
三本目の焼酎のボトルを持って来るママさんの顔に、もはや笑顔はありませんでした。
我々もさすがにバツが悪くなり、そそくさと店を出ました。
あれ以来、あのスナックには行っておりません。(まだあるのかなぁ)
私が歌で獲得したあの焼酎達は、きっと他の誰かの胃に入り、その誰かを気分良く酔わせたことでしょうね。
この曲を聴くと、あの夜のキラキラした、でもバツの悪い光景も、ふっと蘇ってくるのであります。
※この曲は動画サイトなどで検索すると聴けます。
(検索ワード:「ふたりの夏物語 オメガトライブ」)




