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「カイン、任務お疲れ様。道中の様子はどんな感じだったかな? 魔物はきっと少ないだろうと護衛は少人数制で行かせたけど問題はなかった?」
今回の護衛に参加しなかった団長は、ニコニコしながら聞いてきた。
「何も問題はありませんでした。魔物は出なかったしイーザン国の目的も問題なく果たせたのではと思います」
「そう……エルミアちゃんの様子は?」
「えっ……エルミアの様子ですか?」
団長からの任務以外の質問をされ戸惑ってしまう。
森の近くで待機を指示され、帰りの道中も疲れているからとほとんど顔を合わせていない。むしろ会わせないようにしているかのようだった。
到着してすぐに馬車から降りてきた様子は、ローブを纏い元気がないように見えた。エルミアのもとへ向かったが、王太子に止められ部屋で休ませるつもりだと、話す機会さえもたせてもらえず、そっとしておこうと遠くから見守っていた。
「元気がないように見えたので、話かけようと近づいたら疲れているのですぐ休ませるということでした」
「ふ~ん……疲れてたのかなぁ。それにしても妙な感じだったなぁ」
「妙な感じとは? エルミアが……ですか?」
「いや、イーザン国の連中が……特に王太子がというべきかな」
団長も労いの言葉をかけようと、到着してすぐにエルミアのもとへ向かったが、それを阻止されてしまった。理由は疲れているからとありきたりな返事を王太子からされる。それならと時間をおき、疲れがとれるハーブティーを持参してエルミアのもとを訪れたのだが、面会はできないとまで言われてしまったようだ。
「ただ素直に労いの言葉だけでエルミアに会うつもりでしたか?」
「まあ……ちょっとエルフの里の様子とか魔力回復の儀式? とかほんのちょっと聞きたかったけど……」
「研究熱心なのは、いいことですけれどあまり迷惑な行動は慎んで下さい」
「わかってるって。エルミアちゃんのことが心配なだけ」
それにしても面会できないとはよほど疲れたのか。
いや、確かにおかしい。
帰国までには話しておきたいこともあるし、日にちをおいて会う時間を作ってもらおうとしたが、エルミアとは全く会えなくなってしまった。
まるでイーザン国によって閉じ込められたかのようだった。
ここ数日、エルミアへの面会を申し出ているが断られていた。
帰国が迫っている中で話したいこともたくさんあったし、エルミアに会いたい、顔を見たい、声を聴きたいといろいろと欲求が出てきてしまっている自分がいた。
それにイーザン国での暮らしのことを、もっと詳しく知りたかった。
両親から聞いた話では、一人になってしまったエルミアを叔父にあたるサーベ子爵が引き取り、養女としてイーザン国の屋敷で暮らしていたと聞いた。そして成人の儀を数年後に控えたある時、王宮からの使いが来てエルミアは魔道士になるべく王宮に住むことになり、年に数回しか会うことができなくて寂しくなってしまったと、時々商談でやって来るサーベ子爵からの近況を聞いていた。
娘のように可愛がっていた私の両親は、ずっと心配だったのだろうと思う。
エルミアの両親が生きていた頃は、フォルスター家によく遊びに来ていた。
フォルスター家は、エルフとしては名ばかりの魔力もちになっていたが、お互いにお茶会をするほどに仲がよく、両親に見守られながらエルミアと庭に出て遊んだ記憶がある。
笑って、泣いて、怒ってと表情がコロコロ変わるエルミアを、見ていて飽きない子だなといつも一緒にいた。
エルミアもカイン兄様と呼んで慕ってくれているのがわかった。
いつも一緒にいたからか両親から教えられなくとも、エルミアが純血に近いエルフだという事は子供だった私でも気がついた。
弱っている植物を元気にしたり、飛べない鳥を癒したりと治癒魔法の力が凄かった。
でもある時、彼女でもどうすることも出来ない事が起きた。
いつものように庭で遊んでいたところ、翼の片方を食いちぎられた小鳥が木の根元に倒れていた。獣にでも襲われたのだろうと、なすすべもなく見ていたが、エルミアはすぐに掌に抱きかかえ治癒魔法を唱える。今にも事切れそうな小鳥の治癒は、彼女の魔法ではどうすることも出来なかった。
顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくる彼女を、抱きしめ優しく撫でて慰めるしかできなかった。
あの時俺は、どうすれば泣き止んでくれる?つらい気持ちから解放される?エルミア笑って……と祈る気持ちでずっと撫でていたと思う。
泣き声を聞きつけて彼女の母アンナ様が来ると、今度は母親に抱きつき泣きじゃくり嗚咽しながら小鳥の事を話していた。
アンナ様は、両手で彼女の頬を包みこみ、涙を親指で拭いた後、小鳥に手をかざし治癒魔法を唱えた。
まばゆい光に包まれた小鳥の翼は再生されていき、確認するかのように羽ばたきを繰り返していた。
元気に飛べるようになった小鳥は、お礼をいっているかのように私達の周りを飛び回り、エルミアは笑いながら追いかけていた。その光景を愛おしそうに眺めているアンナ様は、まるで女神の様で美しかった。
同じ血族でもアンナ様の力の凄さを感じた瞬間だったと思う。
だからエルミアの両親が事故で亡くなったことを聞いた時はとても信じられなかった。
崖から馬車ごと落ちて助からなかったと聞いたが、エルフは飛翔魔法も使えると思っていた私は、何度も父に確かめ困らせた。
それからすぐにサーベ子爵家へ引き取られることになったエルミアは、叔父とともにイーザン国へ渡りそれ以来ずっと会うことはなかった。
まさかこんな形で再会するとは思っていなかったが、このまま会わないでイーザン国に帰ってしまったら、きっと後悔するような気がする。そして、会えなくなってしまうのではという不安が、胸中を覆ってするべきことがわからなくなってしまっていた。
「エルミアちゃんと一緒にイーザン国に行かない?」
帰国まであと数日という時、突拍子もないことを言い出した団長に、思わず立ち上がり机の書類をばら撒いてしまった。
「一緒に行くとはどういう事でしょうか?」
「イーザン国とは友好関係にあるけどあまりよく知らないところもある。魔法なんか特にそうだよね。だから……いろいろと学び交流もかねて、今度はこちらが訪問するというのはどうだろう? ということ」
「さらっと言いましたけど、単に魔法研究をしたいだけですよね」
何を考えているのかわからない笑顔を向け、時々変に突っ走る団長に呆れたような答えを返してしまう。
「まあ……それも理由の一つだけど……ここ数日のイーザン国の行動がおかしすぎると思わないかい? エルミアちゃんに全然会えなくなっちゃった」
「確かにそうですね。何かを隠しているような……エルミアを閉じ込めているかのような行動には疑問を感じていました」
「やっぱりそうだよね? 気になるからイーザン国、探ってきて」
「えっ……探る?……」
「ははは、間違った。親睦を深める為に交流してきて」
「交流は必要でしょうけど、団長はいつも急すぎます。今からだと国王の許可を取ったり書類を用意したり、セイアス殿下にもお伺いを立てないと」
「それなら大丈夫。もう許可取ったから。セイアス殿下にはこれから伝えるけど一緒に行く?」
「研究の為なら行動早いですね。同行しますがいい返事をもらえるかはわからないですよ」
「それも大丈夫。両国の国王が許可を出していたらだめとは言わないでしょ」
さらっと言った言葉に驚き団長を見ると、満面の笑みを浮かべている。
笑顔だがその仮面の裏は知らないほうがよさそうだと思ってしまうのは、私だけではないような気がした。