18
「あらら?……エルミアちゃんどうしちゃったのかな?」
「うう……団長」
「気がついたようだね。微力ながら保護魔法をかけておいて良かった。まともに攻撃魔法を受けていたら今頃は君が羽つけて天国まで昇っていたところだよ。さあて、リング外すから手短に説明を」
攻撃魔法をうけ気を失ったところまでは説明できるが、何故エルミアがあんな姿になってしまったのか解らない。兵士達が持つ松明の明かりに下から照らされた姿形はエルミアだが、黒いオーラを纏っている彼女は似ても似つかない姿になってしまっている。
「気を失うまでは変わらない彼女でしたが、どうしてあのような姿になってしまったのか解りません。まるで闇に囚われているかのような……」
「エルミアちゃん、闇落ちしちゃってるねぇ。まあ、きっかけは君なんだけれど。闇魔法も習得していたのは何となく気が付いていたんだ」
「闇魔法……何で……きっかけは私……」
「魔力が低下しても闇魔法を習得しなければならない理由は本人に聞いてみないとわからないが、今はまず君が無事でいることを教えて闇から解放してあげないとかなりやばいかな」
「団長のかなりやばいは非常にまずい状況なのは解ります。それより何で団長までここに来ているのですか? 我が国がいままさに攻撃をうけようとしているのに団長までここにいては……どうするのですか」
我が国が危機的状況にあるのにもかかわらず団長の顔色からは焦りを感じず、むしろ口角が上がっているかのように見える。
「僕は攻撃を止めに来たんだ。ちょっと止めてきま~すっていったら国王も許してくれたしね。それに黒幕があの状態だともう命令は無理かな。セイアス殿下もさっき拘束したから一先ずひとつの攻撃は防げたけれどもう一つはかなり厄介かな」
そう言って見上げた先にはエルミアが黒いオーラを纏い、無表情のままイーザン国の土地を見下ろしていた。自分の事を苦しめた宰相さえ見てはいなかった。
黒い煤まみれの宰相は、茫然と地べたに座り気力を失って抜け殻のようになっていた。レラノーク国の兵士に取り囲まれているのも解らないのかとも思う。戦意喪失の姿を確認し改めてエルミアを見上げた。
「カイン、エルミアちゃんをこちらに向けるように叫ぶんだ。一瞬でも我に返った時がチャンスだ。悪いけれど攻撃させてもらうよ。今の状態での攻撃はきっと跳ね返されてしまう。もはや彼女であって彼女ではないからね」
「エルミアに攻撃ですか! そんな……」
「攻撃魔法をぶつけて正気を取り戻すんだ。手加減するから僕に任せて。そうしないと朝にはイーザン国は消滅するだろう」
「消滅……」
いにしえからの教えが頭に浮かんできた。今のエルミアは躊躇なく裁きを下すだろう。そしてすべてのものを消し去り我に返った時の彼女の姿は見たくはない。どうかいつものエルミアに戻ってほしいと名前を呼びながら彼女の側まで走った。
「エルミア! 私は大丈夫だ。こっちを向いてくれ! エルミア!」
闇に囚われてしまっている彼女は、全く聞こえていないようだった。両手に黒い渦状のものが乗って段々と大きくなっていく様子は、魔力を貯めているかのように見える。
「自分はどうなってもいい、エルミアのそばへ……」
その時、背後に気配を感じ振り返ってみると
「ウオ――――ン」
ロイの遠吠えが辺り一面に響き渡った。
エルミアはゆっくりこちらを向き呟いた。
「ロ……イくん……カイン……さま。……無事だったのですね」
「エルミア!」
片方の瞳が琥珀色に戻り安心したのか口元が笑っているように見える。
次の瞬間、団長の攻撃でその笑った顔が一瞬にして歪んだ表情になってしまった。
攻撃魔法を受け苦しそうにしているが黒いオーラが段々と薄くなって彼女の新緑色の髪が鮮明に見えはじめた。
「エルミア!」
(体が燃えるように熱い。私はどうしちゃったの。両手に渦巻く黒い塊は何? 何をしようとしているの? 頭の中に響く声は何? 嫌だ、裁きなんて。みんな助けたい。助けたい!)
体の奥から温かいものが湧き上がり、あふれ出た感情は金色の粒となって空中に舞い上がり周辺の生きとし生けるものすべてに降り注いだ。
まるで温かいベールに包まれているかのような感覚に人々からは吐息まじりの歓声があがった。
「温かい……この感覚は何だ?」
「素晴らしい! 究極の保護魔法を見ることになるとはね。まるで慈愛のような魔法だ」
「団長、すべてのものに魔法をかけるとなると……」
「ああ、かなりの魔力がないとできない事だ。そして、魔法をかけたのは……」
瞳の色が漆黒に戻り渦巻く塊を両手にまとめ解き放とうとしている。
「エルミア――――!」
「防御の姿勢をとれ! みんな伏せろ! カイン、お前も伏せろ! 大丈夫だから」
その瞬間、黒い塊はエルミアの手から放たれイーザン国の森深くに落ち、凄い爆風と共に黒い炎となって燃え上がった。
爆風の勢いは凄まじく地面にへばりついているのがやっとだったが飛んできた木々に体が傷つくことなどなくすんだ。
エルミアの事が気になり見上げると黒い翼が解けるように消え始めていた。
「エルミア」
気を失っているのか両手はぶら下がり身動き一つしない。
やがて翼が消えると同時に、空から解放されたかのように落ちてきた彼女を受け止めた。
落ちてきたエルミアの無事を確認し、そっと抱きしめたが静かな寝息を立てながら眠る彼女は起きることはなかった。いくら名前を呼んでもロイが頬を舐め続けても深い眠りの沼にでも入ったように目覚めることはなかった。