17
星々が綺麗に瞬き自らを主張するように色とりどりの輝きを放っている。
夜空を見上げながらつきたくもないため息をもらし勝手に出てきた言葉に納得する。
「月がない……。闇に溶け込む」
月がない日を選んで闇に紛れてレラノーク国への攻撃をするつもりだ。
(争いたくない。誰も傷つけたくはない。ただ平和な毎日を送りたい……)
後ろから来る気配に気づかず茫然と立ちつくしていると怒号が聞こえてきた。
「聞いているのか、エルミア。何度呼べばいいのだ」
「殿下でしたか、何か御用でしょうか」
「わかっているのか、お前のすべき事をする時が来たのだ。リングを外したら思う存分このイーザン国の為に動いてくれ」
「争いは嫌いです。何故、人は平凡な毎日を嫌うのでしょう。豊かな国、日々の幸せな生活、それ以上の欲をもってどうなりましょう」
「何をいまさら言っている。そんなくだらない事を考えてないで指示通りに動いてくれればいいだけだ。お前の考えはイーザン国にはふさわしくはない」
(くだらない事……ふさわしくはない……)
この先もただの駒のように扱われ、そして私自身を否定するような言動や態度をずっと受けなければならないと思うと意識が飛びそうになり気が遠くなる。
私は何故生まれ、少しの幸せさえ感じることができないのかと思うとすべてがどうでもよくなって、誰もいない暗い世界まで行けたらと思う。
いつのまにか魔法封じのリングを外され戦闘態勢が整ったイーザン国の兵士達が視界の中にはいってきた。
「号令とともに飛翔魔法を兵士達にかけよ。聞いているのか!」
「……嫌です……」
「逆らうのか! おまえは!」
「まあまあ、殿下。声を荒げなくとも、くくくっ」
気味悪い笑い声に振り返ると不敵な笑みを浮かべた宰相が近づいてきた。
「逆らうのは解りきっていたこと。こちらは逆らわないようにすればいいだけのこと。これを見てもまだ逆らえるかな? 連れてこい」
暗闇の中から兵士に伴われ現れたのは、魔法封じのリングをはめたカイン様だった。
「カイン様、どうしてここに……。どういう事ですか?」
「彼は駒だよ。指示通り動いてもらう為のな。今はイーザン国の魔道士としてここにいるがどうも心はまだまだレラノーク一色らしい。彼を見れば心おきなく、逆らうこともなく動けるでしょう。くくくっ」
「エルミア、聞くな! 間違っているやつの戯言など聞くに値しない」
「うるさい、羽虫め! 黙らせてやろう」
防御なしで攻撃魔法を受けたら命に関わるくらいの傷を負ってしまう。
「やめて! やめてください……。もう誰も失いたくはないのです……」
「エルミア、大丈夫だ。君の家族は部下と共に安全な場所にいる。レラノーク国を思うなら従うな!」
「カイン様も失いたくないです! 私にはとても大切な人だから!」
頬に暖かい感触を感じ、涙が伝わっているのが解った。
「最後まで逆らい自分の身までも滅ぼしてしまうとはなんと滑稽な生き物だ。だからエルフは滅びゆく一方になるのだ。あの女の娘だからな」
「逆らう……滅ぼす……まさか、あなたが……」
「何をぶつぶつと。邪魔なものは消えてもらおう。くくくっ」
宰相の笑い声と同時に攻撃魔法がカイン様に降り注ぎ稲妻のような光が辺り一面覆った。光が瞬くたびにエルミアの忘れていた記憶が脳内に蘇り、一つ一つ鮮明さを取り戻していった。
「カイン様!」
叫び終わった時にはすでに、横たわったカイン様を見ることになってしまった。
「ひどい、ひどすぎます。笑いながら人を攻撃できるとは。あなたはあの時も笑いながら立っていた。両親の亡骸を前にして」
「ほう、まさか思い出すとは。弱くかけすぎたか」
「私に忘却の魔法をかけたのですね。すべてを忘れないように弱くかけた。だからエルフの里の解錠ができた。両親は馬車に乗ったまま崖から転落して亡くなったと幼い頃に聞いてそんなことがあるはずがないと思った。飛翔魔法が使えるお母様がいれば馬車ごと飛べるはずなのに。だから叔父様と調べようと思っていたのです」
「子供のくせにいろいろと嗅ぎ回りまったく目障りだ。サーベ子爵まで動き始めるとは。仕事が増えてしまったではないか」
「叔父様にも忘却の魔法をかけたのですね。そして今はきっと、国王様にもかけている。子供の時に解っていたことは魔法封じのリングがありイーザン国で使われていること。お母様にもリングをはめていたのですね。リングを回収したあなたは両親の亡骸を前に不敵な笑みを浮かべていた」
「もうすぐこいつもおまえの両親のもとに行けるだろう。これから消える者を覚えていて何になる。一緒にまた忘れてもらおう。お前にはまだやってもらうことが山ほどある」
エルミアに向けて忘却の魔法が放たれた瞬間、彼女の背中から黒い翼が生え、強い闇魔法により返された忘却の魔法は、宰相へと黒い炎となって襲いかかった。
「ゆる……さ…ない」
エルミアの声とは思えない低い声が辺りに響いた。
「ぐああああああ…なっ何をしたあああ」
黒い炎に包まれた途端に、叫び声をあげていた宰相は、自ら魔法を唱え鎮火に必死になっていた。
「エルミア! 何をした!」
闇の中に溶け込むように空へと上がっていく彼女を見上げながら叫んだセイアス殿下は、彼女の顔を見るなり小さな悲鳴をあげていた。彼女から生えている黒い翼はまるで闇の使者の様で漆黒の瞳からは黒い涙が流れ落ちていたのだ。
「お前も……ゆるさない」
「ひいっ、ゆるしてくれ。ミア、今まで仲良くやってきただろう?」
「ミ……ア……誰……だ。つぐ……ない。……さばき……うう」
――争いを止めぬならこのまますべてを消し去ろう……
――我ら一族の力を悪しきものに使うならその身をもって裁きを受けよ……
彼女の口から発せられた声色は低く、地響きのように伝わり、単調な口調は諭すかのように脳内に入ってきた。
瞳を見開き無表情のままさらに上空にのぼって行く彼女を、兵士達は恐怖で震えながらただ見ているだけしか出来なかった。