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イーザン国の町の外れにある小さな酒場で、軽く食事をしようと目立たない席で食事をしていると部下の一人が隣に座ってきた。
「副団……んん……」
「気をつけろ、潜伏している今の名は、ダンだ。言っておくが様もつけるなよ」
「ダン、どうもなれないな」
「嫌でもなれろ。それで報告は」
「ここ数日、食料確保や貴族達が屋敷を出ている動きを見せています。そして城の一部の兵士達が森の奥に集結しているようです。聞いたところによると魔物が出たという情報です」
「魔物か……違うな。目的を隠す為の偽情報だろう」
両国の交流という名目で、この国に来てからいろいろと探りを入れては見ていたが、なかなか隙を見せない様子を団長に報告するとすぐに指示がきた。一時帰国という形で帰国するふりをして、国境付近から潜伏し監視せよとの命令が伝えられ、部下数名を残し町外れに潜伏している。
案の定、我々が帰国するのを見届けると慌ただしくなり、こちらとしては動きやすくはなった。目的に囚われて我らが潜伏していることさえいまだ気づかれてはいない。
「それで森の奥の様子は?」
「かなりの数の兵が集められ戦闘準備をしているような動きをみせています」
「はぁ……団長の勘が当たりそうだな」
「勘ですか? 何の事だかわからないのですが……」
頭を傾けて全く解っていない部下にため息が出そうになるが、平和なれしている現在、頭の片隅にも思わないのだろうと納得がいく。私でさえどうか違っていてほしいと何度も思っていた。
「魔物退治にしては兵が多すぎます。副団……んん、ダンはどう思いますか」
「魔物は偽情報だな。本来の目的は我が国に攻め込むのだろう」
目を大きく見開き動かなくなった部下にすかさず指示を出す。
「このことを伝書獣で伝え、団長の指示が来るまで我々で何か食い止める方法を探す。町の偵察をやめて森と城に数名配置して様子を逐一報告するように」
ひきつった顔をしたままの部下は無言で頷くが、事の重大さにいまいち頭が追いついていないようにも見える。
「しっかりしろ、目先の事に囚われるな。判断を謝るぞ」
「副……んん……それでダンはこれからどうするつもりですか?」
「どうしても気になることがあってな。それを見てから動く」
部下が出て行ってから一人になり冷静に考えを巡らす。
遠い昔、エルフ達は駒として戦闘に加わったと書物で読んだことがある。
エルミアもきっと戦闘に加わることになるだろうから城からまずは出て森に向かうことになる。森からの攻撃をどうにか阻止できれば被害は少なくて済むはずだ。
あと一番気になっていることがある。それはこの計画の黒幕だ。国王が率先して動いているとはどうも違う気がする。そうなると自ずとエルミアの近くにいる王太子になる。
「黒幕は間違いないな。あとはエルミアが逆らえなくするには……脅し、人質……」
人質に取るとしたらエルミアの大切な人になる。養父のサーベ子爵がそれに値するが人質に囚われている様子はない。この国に来てすぐに挨拶に行ったがにこやかに歓迎され、お茶の時間まで誘われ歓談した。一通り様子を見て屋敷周辺も探ってみたが怪しい動きはなかった。
「わからない……エルミア、何故君は従っているのか」
出てこない答えを考えながら部下と合流しようと酒場から出る。
「ピピ……」
考えごとをしながら歩いていると、小鳥が肩にとまってきた。
「小鳥……薄暗い中よくここまで飛んだな。任務ご苦労様。もしかしてエルミアからか」
そっと箱を開け、久しぶりに聞くエルミアの声に耳を傾けた。
彼女が語ったことは団長の勘が当たったこと、そして早急に対処をしなければレラノーク国が大変なことになると教えてくれていた。
聞き終わると同時に、城の裏手に王族用の馬車が用意されたと部下からの報告が入る。
「時間がない……まずやるべきことは……」
自分の判断が正しいか解らないが、すでに走りだしている思惑を止めるために行かなければならない場所へと急いで向かった。
部下とともにサーベ子爵邸の近くまで来てから遠くから辺りを見渡してみる。
エルミアが言っていたとおり、町民らしい服装をした数人の男達が屋敷を取り囲んでいるのが見える。
眼光が鋭くいかにも屋敷を気にしているような動きはいくら町民らしい格好をしていてもわかる。
「確認したところ入り口付近に二名、裏手に二名、屋敷周辺を見回っているのが一名です。他はいないようですが……」
「前に挨拶に来た時にはいなかったはずだが……まあいい。屋敷内にも一名いる。家庭教師として潜り込んでいるはずだ」
「家庭教師ですか? 用意周到ですね。それでどう攻めますか?」
「二手に分かれて見張りと裏手を片付ける。最後に正面から堂々と訪問だ。その方が怪しまれずに屋敷に入れる」
「ダンがお一人で向かうのは危険かと。私が共に行きます」
「そうだな。急な訪問になるが我がフォルスター家からの使いとでも言えば快く迎えてくれるはずだ」
優秀な部下達はあっという間に刺客を倒し、それぞれ縛り上げ待機中の者に引き渡す。それを見届けて正面から訪問した。
「家庭教師の動きには気をつけろ」
緊張した面持ちで部下が黙って頷く。
サーベ子爵は突然な訪問にもかかわらず快く迎え入れてくれた。ちょうど食事の時間だったからか家族総出で挨拶してくれた。刺客の家庭教師もいるはずのない私の顔を見て、焦りをみせながら挨拶をした。
「急な訪問で申し訳ありません。時間がないので手短に終わらせます」
部下と共に間合いを取り家族に危険がないように合図する。
向こうが一枚上手だったのか部下の攻撃をかわし隠し持っていた短剣で応戦状態となってしまった。
「カイン君、どういうことだね」
突然の出来事にサーベ子爵は驚きを隠せない様子で聞いてきた。
「家庭教師とは名ばかりの王宮の刺客です。家族を人質に取られたエルミアは王宮に逆らうことが出来ずに今日まできました。それも今ここで終わりにします」
「ふっ……もう遅い。既に戻れないところまできている」
薄気味悪く笑う家庭教師は正体がばれた途端に鋭い眼光を向けてきた。
「遅いかどうかはこれからの行動を見てからにしてもらいたい」
言い終わるのを待たずに刺客に向かっていく。
(どれだけの試練を乗り越えて副団長にまでなったと思っている)
カインの凄まじい剣さばきと俊敏な動きに圧倒されたのか隙を見せてしまった刺客は喉元に剣先をあてられ動けなくなったまま膝を崩した。
「連れていけ。待機中の者に引き渡すように」
部下に指示を出し、説明をしなければとサーベ子爵へと向き合った途端に心配顔がたくさん向かってきた。
「王宮は何をしようとしている。エルミアは無事なのか?」
「姉様は何処?」
「エルミアちゃんは無事なのですか?」
「落ち着いてください。今のところエルミアは無事ですが急を要するので説明は解決したら話します。私は彼女の元へ向かいます。また刺客が来るかもしれませんので私の部下と共にしばらくは身を隠しましょう」
鬼気迫った表情を察してか素早く行動を開始したサーベ子爵は、別れ際に真剣な眼差しでエルミアを頼むと一言だけ呟き、部下が用意した馬車に乗り込んだ。
「私が指示したとおりにあとは頼む。解決したら合流す……うあ……くっ……」
光の渦がカインを包み込み雷のような魔法攻撃が体に降り注いだと同時に倒れ込んでいた。
「おや、これはレラノークの……くくくっ……都合よく動いてもらおうと人質を回収しに来てみればもっといいものが捕獲できた」
「うぅ……宰相? そうか貴様が黒幕か……」
「黒幕? 何を言っている。正しき道へ導いているだけの事。その道をそらすのであればただ排除しながら正しき道を行けるように導けばいいだけだ」
「何を言っている……それが正しい道だとは限らない」
「うるさい羽虫のようだ。私と来てもらおうか」
「行け! 馬車を出せ。逃げろ」
馬車への攻撃の矛先を変えるためカインは起き上がり剣を振りかざしながら魔法を唱え宰相に向かって突き進む。先に受けた魔法攻撃で体の痺れがとれない状態での戦闘は防御するので精一杯だが馬車が走り去るまでの時間は稼げた。
「私に勝てると思っているのか。若造が!」
「うわぁぁ……」
攻撃をまともに受け倒れ込む瞬間、馬車が猛スピードで走り去るのを見届け、カインは意識を手放してしまった。
「逃げられたか、まぁいい。最高の人質が手に入った。くくっ……羽虫め、私に傷をつけるとは」
宰相は頬の傷口からの血を拭いながら不気味な眼光をカインに向け、口元からは不敵な笑みがこぼれていた。