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あと数日でこの国とはお別れという時に、レラノーク国からの急な要望書が届いたと聞き、セイアス殿下に呼ばれ来賓室に向かう。
セイアス殿下は不機嫌らしく切れ長の目がより細くなり怒りのオーラを纏っているかのようだった。
「ミア、私の数歩離れたところに立っていてくれるかな。何もしゃべらず、ただ立っているだけでいいから」
余計なことは話すなと釘をさされたように言われ何か予測出来なかった事態が起きたのだと推測できた。
「ほう……交流ですか。それと我が国の魔法も学びたいということですね」
すでに事の詳細を知っているからか確認のために話をするが、顔からは不機嫌さは消えていなかった。
「本来なら我が国の王太子とともに行くべきですが、まだ幼く学ぶには早いとのことで、今回は魔導騎士団から数名とここにいる副団長のカインを使者としてそちらに訪問せよとの国王からの伝達です」
団長さんは不機嫌なセイアス殿下とは真逆にいつにも増して笑顔いっぱいに話している。
正直、一緒についてくると知ったときはあまりに急で驚いたけれど、すんなりセイアス殿下が納得しないのではないかと思う。
「あまりに急ですね。もう少し間をあけてからの訪問という事にはできないですか?」
「急で申し訳ありません。両国の国王の許可は取っていますので問題はないかと思います。それにイーザン国では、是非に、と言っておられるようでこちらとしてはあまりの歓迎ぶりに嬉しいかぎりでございます」
言い終わった後の強烈なニッコリは、何者も黙らせるほどの威力があり、しぶしぶ納得せざるを得ないセイアス殿下は、一段と目を細くし一度も笑顔を見せず、最後まで不機嫌な態度を見せていた。
それに対して団長さんは始終笑顔で上機嫌に見えた。
「それでは出立は数日後という事でよろしいでしょうか? イーザン国への訪問を楽しみにしております。どうぞ、よろしくお願い致します」
団長さん達が部屋から出て行った後、セイアス殿下は手にしていた書類を床に投げつけた。
「気に入らない。駒のように動かされているかのような行動だ。君、何か言ったのかい?」
計画が何かしらばれたのではと思ったのかエルミアに怒りの眼差しを向けてきた。
「何も話しておりません。私は部屋から一歩も出ることさえ許されていなかったのです。誰と話せましょうか」
その答えに納得がいったのかそっぽを向き退室を促され部屋から出て行く。
廊下を歩きながら自分の目的の事を考えていると聞き慣れた声に呼び止められた。
「エルミアちゃん」
振り向くと笑顔の団長さんが近づいてきた。
とっさに周りに目を向け独りなのかを確認する。
「久しぶりだね。なかなか会えないから心配していたんだよ」
「心配してくださりありがとうございます。私は元気です」
団長さんの顔をみられず、下を向いたまま答えてしまう。
「今回の交流の件、急な話になってごめんね。本当は私が行きたいところだけど、君が兄様と慕っているカインを同行させることは間違ってはいないと思う。せっかく会えたのに君たちは話していないじゃないか」
「そうですね、話していません。会う機会があれば話したいです」
最後の言葉はかなわないだろうという気持ちからか小声になっていた。
「そうか……会う機会ね。わかった」
機会なんてあるわけがないし、きっとお願いしたところで聞き入れてもらえない事はわかっている。
「大丈夫だよ。エルミアちゃんは独りじゃない。もっと周りに目と耳を傾けて」
急に両手をつかまれ身構えてしまったが、いつも見せない団長さんの真剣な目に自然と声が出ていた。
「団長さん……私……」
「ミア、何をしているのかな?」
怒りが隠しきれない声色に息をのんで振り返ると、セイアス殿下が足早に近づいてきた。
強引に引っ張られ後ろに隠されてしまう。
「ミアにどういう要件があるかはわからないが、私を通してくれるか」
「特に要件はないのですが、最後になるかもしれないのでお別れを申し上げていたのです」
笑顔の団長さんと不機嫌なセイアス殿下はお互いに対峙しているが、真逆な表情に少し笑ってしまった。
「ミア、下がりなさい。お別れは見送りの時にすればいいだろう」
小さく笑ったつもりだったが、ばれてしまい横目で睨まれ命じられた。
部屋に戻ったらまた監禁状態になることを思うと足が進まないが、カイン様とはまだお別れしなくていいと思うだけで心はとても軽くなった。
「エルミア嬢の後ろに何を隠しているのです?」
団長さんの一言に、二人が険悪な雰囲気になっていたことは、私には知る由もなかった。