9 譲れないノベルティグッズ
「握手会に写真集、アクリルスタンドに手のひらサイズのぬいぐるみ、サイン入りプロマイドねぇ……」
この日、リリアはセルの執務室に来ていた。セルはリリアから渡された書類を眺めながら、不機嫌そうにつぶやく。
(あれ?なんか機嫌悪そう?もしかして相談しちゃだめな時に来ちゃったかな)
「えっと、年に一回国民に配る限定のノベルティグッズなんですけど、候補をいつもは私一人で選んでいたんです。でも、今年は婚約者であるセルにも相談してみたらどうかと国王様に言われまして……でも、お忙しいみたいですから、私一人で決めーー」
「いや、一緒に決めよう。大丈夫だ、今はちょうど忙しくない」
「え、あ、そう、ですか?」
有無を言わさないセルの圧に、リリアはたじたじになってしまう。
「それで、リリアはどれがいいと思った?」
「えーっと、無難にサイン入りプロマイドかなぁと。今までもプロマイドはあったのですが、サイン入りは今回初めてなんです。サインとか書いたことないですし難しそうだなとは思うんですが、でも握手会も写真集も自分としてはハードルが高くて……アクリルスタンドやぬいぐるみもありかな、とは思います」
「……なるほどねぇ」
(うっ、やっぱりなんだか機嫌が悪そう。忙しくないって言ってるけど、本当に大丈夫なのかしら)
「あの、なんか、怒ってます?」
「……そう、見えるか?」
「ええと、はい、なんか不機嫌そうだなぁとは思います、ね」
リリアが控えめにそう言うと、セルは書類をポイッと机に放り投げてはぁ、と小さくため息をついた。
「態度が悪くてごめん。……その、どのノベルティグッズも、俺以外の誰かの手に渡るんだなと思うとなんだかこう、イライラしてしまうんだよ」
「え……でも、確か騎士団長にも毎年グッズは無償で渡されてるはずでは?」
キョトンとした顔でリリアが言うと、セルは片手で顔を覆いながらまた小さくため息をつく。
「まぁ、それはそうなんだが。俺以外にもグッズを持っている人間がいると思うだけでなんかこう、胸がムカムカするんだよ。……ただのヤキモチだな」
みっともない、とつぶやいて、セルはまた小さくため息をつく。
(え、ええ?ヤキモチ?セルが?グッズで?)
リリアは驚いていセルを見つめる。そんな、グッズでまさかヤキモチを妬かれるとは思わず、リリアはただただセルを唖然として見つめている。
「そんなに驚かなくてもいいだろ。そういうわけで、握手会はグッズの域を超えてるからもちろんバツ、写真集も色んなリリアを他の誰かが見れるという点でバツ。アクスタとぬいぐるみは……まぁぎりぎりセーフかな。サイン入りってところが若干気に食わないが、プロマイドは今までもあったから良しとしよう」
(そうなんだ?セルのセーフの基準がわかるようでわかんないけど……)
「それじゃ、候補はその三つにしますね」
「ああ」
セルの机から書類を取って、リリアはそれじゃ、と部屋を出ようとする。だが、ふと立ち止まってセルを見つめた。
「どうした?」
「あの、サイン入りの一枚目はセルにお渡ししましょうか?その、婚約者ですし、お酒のことも黙ってもらってますし、お礼もかねてといいますか」
少し照れたように言うリリアを見て、セルは目を大きく見開いた。
「……いいのか?」
「はい、あ、まだプロマイドを限定何枚にするのかわからないですし、プロマイドと決まったわけではないですけど、セルがお望みなら……」
「ぜひ!お願いしたい!よろしく頼む」
前のめりになって言うセルに、リリアは驚きながらもクスクスと嬉しそうに笑った。
*
リリアが自室に戻り、セルは執務室に一人だけになる。
(毎年毎年よくもまああんなにノベルティグッズの案を出すものだと思っていたが、まさか握手会や写真集まで候補にあがっているとは思わなかったな。国の中枢連中、ノベルティグッズに力を入れすぎだろう)
セルは座っている椅子の背もたれに寄り掛かり、目を瞑ってふーっと大きく息を吐いた。
(そもそも、握手会なんてグッズの域を超えてる。限定何人にするのかわからないが、リリアの負担が大きすぎるだろう。それに、どんな奴がリリアの前に現れるかわからないんだぞ。しかもリリアと握手するなんて絶対に許せない。何を考えているんだ、全く)
チッと舌打ちをしてセルは目を開く。その目はいつも以上に据わっていて、見たものを凍りつかせてしまうほどの怖さを秘めていた。
(プロマイドならポーズ一枚だけで済むからまだしも、写真集なんてリリアの色々な表情や姿を撮るってことだろ?無理だ無理、絶対に無理。カメラマンも許せないし、その写真集を誰かの手に渡ると思っただけで胸糞が悪い。プロマイドでも本当は気に食わないのに)
組んだ腕の上で指をトントン、とリズム打ち付ける。
(年々グッズへの力の入れようが強まってるとは思ったが、どこかで区切りをつけないとリリアの負担が増すばかりだ。リリアは根が優しいから国民が喜ぶならと協力的だが、それに甘え切ってる中枢幹部たちが気に食わない。いつまで続ける気か知らないが、いずれは夫として止めに入るべきだな。まずはリリアの負担が軽いものに変えていこう)
それにしても、とセルはさっきまでいたリリアの姿を思い出す。
(まさかサイン入りプロマイドの一枚目を俺にくれるだなんて驚いた。一番最初に書いたサインを俺が貰えるってことだろう、こんなに嬉しいことはない。額に入れて、いつものグッズを収集している棚に保管しよう。リリアは俺が今までのグッズを全部大事に保管しているなんて知らないし、知ったらドン引きされて嫌われてしまうかもしれないから絶対に言えないけどな)
さっきまでの物騒な表情だったセルの顔は、いつの間にか嬉しそうに微笑むほど和らいでいた。