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8 近すぎる距離

「ヒーン!もうやだ!聖女なんて辞めたい!辞めてやるううう」


 騎士セルの気持を受け入れてから数週間後。セルの部屋で、聖女リリアはクッションを抱き顔を埋めながらさめざめと泣いている。そんなリリアの頭をよしよしと愛おしそうにセルは優しく撫でていた。


「私に聖女は重荷すぎるんですよ!わかります!?いつも完璧で、美しく、清楚で、可憐な聖女でいなければならないんです!その重圧が、凄くて……何年経っても、慣れない……うっ、うっ」

「リリアはよく頑張ってるよ。俺が誰よりも一番よく知っている。リリアは聖女になってから、本当によく頑張っている」

「ううーっ」


 リリアはクッションに顔を埋めてべしょべしょに泣き、ようやく落ち着いた頃には目は真っ赤で鼻水も垂れそうだった。


「ほら、これで目元を冷やして。鼻も噛んだ方がいい。鼻が詰まると苦しいだろう」


 そう言って、セルはリリアの目元に冷やされたタオルをそっと添え、ティッシュを差し出した。


「うっ、ありがと、ございま、す、ズビーッ」


 盛大に鼻をかむリリアを見て、セルは目を大きく見開いてからククク、と嬉しそうに笑った。そんなセルをチラリと見ながらリリアは考える。


(セルったら、本当にどんな私を見てもひかないのね。普通だったらこんな酷い姿、幻滅すると思うのだけれど……)


 どうしようもない本当の姿を晒してもいいと言っていたが、まさか本当にここまで大丈夫だとはリリアも正直思っていなかった。


(幻滅されてやっぱり婚約は無かったことに、と言われてもそれはそれで仕方ないかなと思っていたのだけれど、今のところそんなことは起こらなさそう。……あ、冷えたタオル、気持ちいいなぁ)


 もらったタオルで目元を冷やすと、その冷たさが泣き腫らした目元をほぐして行く。その気持ちよさに思わず目を細めて緩んでいると、セルの愛おしそうな視線がリリアに刺さっているのがわかり、ドキッとした。


(なんでそんな、愛おしそうな目で見てくるんだろう)


 本当に、この人は自分のことが好きなのだろうか。というか、どうして自分なんかを好きなんだろう。完璧な聖女として好きだと言われるのならばわからなくはない。この国の人間は皆、完璧すぎる聖女のリリアを崇拝すらするレベルだ。

 だが、禁じられている酒を飲んでいる所を見られた挙句、こんな風に愚痴を言いながら泣き喚き鼻水を垂らすような聖女を、どうして好きだと思ってくれるのだろうか。


 ふと、セルの熱い気持を受け入れた日にキスされたことを思い出す。突然のことに頭が回らず、リリアはびっくりして気絶してしまった。そして目が覚めると、セルの屋敷に設けられた自分専用の部屋のベッドの中にいたのだ。


(私、セルには本当にダメな部分ばかり見せてる気がする)


「どうかした?俺の顔をじっと見つめているけれど、見惚れでもしたか?」

「なっ!そ、そんな!」


 リリアが顔を真っ赤にして否定すると、セルはまたククク、と静かに低い声で笑う。気怠げそうな瞳も、少し低めの色っぽい声も、リリアにとってはもはや毒だ。


「そういえば、お酒はまだあの場所で飲んでるのか?」

「え、あ、はい。あの場所が一番落ち着くので」


 リリアが唯一安心してお酒を飲むことができるとっておきの場所。結局、巡回中のセルに見つかってしまったので今は絶対に安心できるとは言い切れなくなってしまったが、それでもまだあの場所はセル意外には見つかっていない。


「別に、屋敷の中で自由に飲んでも問題ないのに。必要であればリリア専用の飲酒部屋を作ることもできる」


 セルが気怠げな瞳をリリアに向けるが、その瞳の奥は何かキラリと光るものがあって、リリアはどきりとする。


「……いえ、専用を部屋を用意してもらっても、なんとなく気をつかってしまうというか。それに、あの木の上から見る森と城下町の風景が好きなんです」


 そう言ってその風景を思い出すかのようにフワッと微笑むリリアを見て、セルは目を細めて口角を上げた。


「そうか、それならリリアの意思を尊重するよ。……って、なんでそんなに意外そうな顔を?」


 セルの返事に、リリアは思わず目を丸くしていた。


「あ、いや、セルってなんだかんだ言って優しいですよね。私の思いをちゃんと尊重してくれますし」

「当たり前だろう。愛する人の気持ちを蔑ろにするほど俺は愚かじゃない」

「あ、愛する人!?」


(そんなサラッと愛する人とか、その顔とその声で言わないでほしい!)


 リリアが思わずドキドキして顔を赤らめていると、セルは面白そうに微笑んでからジリジリとリリアとの距離を詰めていく。


「そう、あなたは俺の愛する人だ。いい加減、観念したらどうだ?慣れてもらわないと困る」

「うっ、それは、あのっ、とりあえず近いので少し離れてもらーー」

「却下。慣れてもらわないと困るって言っただろ」

「ううーっ」


 鼻が触れ合うほどの距離までセルの顔がリリアの顔に近づく。リリアはあまりの近さに目が回りそうだ。そんなリリアの様子に、セルはまた楽しそうにクククと笑って離れた。


「今日はこの辺にしておこう。さ、俺に食べられてしまう前に、自分の部屋へ戻って」

「たたたた食べられる!?う、は、はひ、お邪魔しました!」


 ソファから勢いよく立ち上がりクッションをソファへぶん投げ、リリアは慌てたようにドアまで走りお辞儀をして部屋を出ていく。


「はあ、道のりはまだまだ長そうだな。でも、時間はいくらでもある」


 立ち去るリリアを見送りながら、ふっ、と嬉しそうにセルは笑ってつぶやいた。



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