7 成就
手の甲にキスされたリリアが顔を真っ赤にしてセルを見ると、セルはリリアの顔を見て嬉しそうに微笑む。気だるげなのは相変わらずだが、それでも心底嬉しいという顔をしているのがわかって、リリアの心臓は余計に跳ね上がってしまった。
「な、何を……!?」
「かわいいですね、こういうことには慣れていない?」
「あ、当たり前です!あなたにとっては日常茶飯事かもしれませんけど、私は全く慣れてないですから!」
「……日常茶飯事?俺が?」
顔を真っ赤にしてリリアが抗議すると、セルは眉間に皺を寄せて疑問の声を口にする。
「だって、そもそもあなたはモテるし、いろんなご令嬢とその……仲がいいのでしょう?」
「ああ、そのことですか。その件なら、実際は全くの誤解です。確かにいろんなご令嬢から申し込みがありますが、全部断っていますよ」
「でも、あなたは断らないでデートもするし、……その後の仲にまで平気でなるっていろんな方から話を聞きますけど」
リリアの言葉にセルは渋い顔をして小さくため息をついた。
「それは誤解ですね。俺はちゃんと全て断っていますが、断られたことを知られたくないプライドの高いご令嬢たちが、自分で嘘の話をでっち上げて言いふらしてるんですよ。数が数だしいちいち相手にするのもめんどくさいので放置していましたが……聖女様が気になるのであれば、全て止めさせます」
リリアへ向けるのは相変わらず気だるげな瞳だが、その瞳の奥にはメラメラとした強い意志を感じさせる。
(本当に?そうだとしたらセルはとても真面目な人で、私の苦手な男性像とは違う……)
「聖女様が不安になるようなことは一切無いですし、今後も不安材料があれば消していきます」
セルの真剣な顔と声音にリリアの心臓はまた大きく跳ね上がった。
「で、でも!私はお酒以外にも完璧とは程遠い聖女です。全然しっかりしてないし、鈍臭いし、ズボラだし……本当の私を知ったらいくらあなただって私のことを好きじゃなくなります」
(ちゃんとダメダメな私を知ってもらえば、きっと諦めてくれるはず)
リリアが焦るようにそう言うと、セルは虚ろな瞳のままフッと微笑んだ。
「あなたが完璧じゃないことくらい、俺はそもそもわかっています。おっちょこちょいで鈍臭くてズボラで大雑把で……そんなところも十分愛おしい。それくらいのことで俺はあなたを嫌いになったりはしない」
(な、なんで私がそうだって知っているの!?それに、なんか言葉が少し増えてる気がする、否定できないけど!)
「なんで知ってるのって顔してますね。言ったでしょう、俺はあなたのことならなんでも知ってると。ずっとあなたに恋焦がれて生きてきたんだ。あなたにこうして近づくことなんてできっこない、だからこそ、どんな些細なことでも知りたかった。気持ち悪いって思ってるかもしれませんね。そう思われてしまうことは少々不服だが……それでも、あなたを手に入れられるならどう思われたってかまわない。そうだ、俺の前でならいくらでも本当の自分をさらけ出せますよ。ずっと窮屈だったんでしょう?今後も皆の前では完璧でいなければいけない。でも、唯一俺の前ではありのままのあなたでいていいんです」
そう言って、セルはリリアの顔を覗き込む。
「あなたは俺のことを何ともおもっていないでしょうが、俺はあなたを必ず落として見せますよ。あなたに好きになってもらえるように、俺の側にずっといたいと思ってもらえるように、どんなことだってします。だから、観念してくださいね」
そう言って、セルは妖艶に微笑んだ。そのあまりの色気に、リリアはくらくらしてしまう。
(ひっ!なんでそんなに自信満々なの!?それに、異常にモテると言われているだけに、確かに色気がすごい……!)
騎士団長で騎士としての腕は本物、プレイボーイだと噂されていたが実は正反対でむしろ一途だ。なによりも、完ぺきではない自分でも良いと言ってくれている。セルの前でなら、ありのままの自分でいていいと言ってくれるのだ。リリアのことを隅から隅までなぜか知っているということは少し引っかかるが、ここまで来ると、リリアにとってはむしろ好条件でしかない。そして、実はリリアにとってセルの顔と中身のギャップがめちゃめちゃタイプなのだ。
(いつも気だるげで覇気がなさそうなのに、実際は騎士として一番の腕を持つ騎士団長。頭もキレるし、普段の身のこなしもスマート。本当はめちゃめちゃタイプなのよね。でも、だからこそいろいろなご令嬢と噂が絶えないことが嫌で、絶対に好きになんかなったりしないって思っていたのに……!)
リリアは両手で顔を覆い、ううーっと唸り声をあげる。これはもう、どうしようもない?降参するしかないのだろうか?リリアが悩んでいると、セルがそっとリリアの両手首を掴んで顔を覗き込んだ。
「聖女様、……いや、リリア。君のことが好きだ。心の底から好きで仕方がない。俺の気持ちを受け入れてくれないか?」
(なーっ!やめて!その顔とその声でそんな台詞は!卑怯!)
セルのルビーのような美しい瞳がリリアの心を射抜く。その瞳には何か熱いものがメラメラと宿っていて、リリアはまるで内側から焼け焦がされるような思いだ。そして、案の定リリアの心はすっかり溶かされたあげく、焼け焦がされてしまった。
「うっ、……わかりました。降参します。あなたの気持ちを、受け入れます」
そう言った瞬間、セルはリリアを腕の中に閉じ込めた。
(ひえっ!?なに?だ、抱きしめられてる!?)
セルの逞しい体つきが手に取るようにわかり、リリアは顔へ一気に熱が集中するのがわかった。心臓はバクバクと速く鳴りうるさい。
「よかった、本当によかった。大切にする。それに、絶対に誰にも渡さない」
そう言ってからセルはリリアから少しだけ体を離すが、顔は至近距離のままだ。
(顔が、ち、近い!……ってあれ?)
セルの美しい瞳をぼーっと眺めていると、いつの間にかリリアの唇に、セルの唇が重なっていた。
こうして、騎士団長の長年の思いは成就し、完璧な聖女は騎士団長の前でだけは完璧ではない、ありのままの姿を思う存分にさらしていく。それでも、騎士団長は完璧とは程遠いありのままの聖女の姿を喜び、より一層愛していくのだった。
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