6 離されない手
「まさか聖女リリアを口説き落としていたとは……お主もなかなかの男じゃな」
「ようやくこうしてご報告できることになり、ホッとしています」
セルとリリアが魔法契約を結んだ翌週。二人は謁見の間で、国王に婚約の報告を行っていた。
「ふむ、そういうことであれば、進めようとしていたご令嬢との婚約話は白紙に戻そう。そなたの相手が聖女ともなれば、誰も太刀打ちはできまい」
国王がセルにそう言うと、セルは気だるげな目を国王に向けながら小さく微笑んだ。その隣で、リリアは作り笑顔を浮かべている。その笑顔は、いつもの完璧な美しい聖女の笑顔だ。
「リリアよ、まさかこの国の騎士団長と聖女がそのような仲になっているとは儂も驚きじゃ。だが、国としてはこれほどめでたいことはない。国王として、二人を祝福する。おめでとう」
「ありがとうございます」
(国王を騙してると思うと、とっても居た堪れない……!でも、こうしないと私の秘密がバレてしまう)
美しい微笑みを国王へ向けお手本通りのお辞儀をすると、横から視線を感じた。横にいるセルを見ると、リリアを見てまんざらでもないような微笑みを浮かべている。
(セルったら、国王を騙しているのにそんな顔して……!神経が太すぎる、さすがこの国が誇る騎士団の団長だわ)
*
「助かりました。やはり聖女様が相手だと国王も納得してくれますね。さすがです」
セルの屋敷に戻り、なぜかコンサバトリーでお茶をすることになったリリアは、出された紅茶を一口飲んでからほうっと息を吐いた。
「いつ頃まで婚約者のフリをしていればいいですか?当分の間は婚約者のフリを続けるにしても、程よい頃合いで婚約を取り消したいのですが」
(いつまでも国王を騙し続けるのも心苦しいし、そもそもいつかはバレてしまいそうで怖いもの)
完璧な聖女を演じることでさえ疲れているのだ。さらに婚約者のフリなんてしていたら心身が持たない気がする。リリアがそう思ってセルに尋ねると、セルは意外そうな顔をしてリリアを見つめた。
「婚約解消はしませんよ?」
「え?」
セルの一言にリリアが驚きのあまりキョトンとすると、セルは向かえ側の席を立ってリリアの隣の椅子に腰を下ろした。そして、リリアの手をそっと掴む。
リリアは驚いて手を引っ込めようとしたが、セルは手を離そうとはせず、むしろ掴む力が強くなった。
「こうして聖女様と婚約することができたのに、わざわざ離すわけがないでしょう。婚約は継続しますし、いずれは結婚もします」
「……はい?」
(この人、何を言っているの?私の聞き間違い?え?どういうこと?)
リリアの背中に良くない汗がじんわりと浮き上がってくる。
「俺はずっとあなたのことを慕っていました。もちろん聖女様なので不用意に近づこうとは思いませんし、遠くから眺めているだけで十分だと思っていましたよ。でも、あなたの秘密を知って、これはチャンスだと思った。俺しか知らないあなたの秘密を守り抜く代わりに、俺と婚約してもらう。国王の承認も得ましたからね。そもそも、国王の承認をもらっているのに簡単に婚約解消できると思っていたんですか?ははは、あり得ない」
気だるげな瞳をリリアに向けながら、セルは乾いた笑い声を上げる。リリアはただただ唖然とセルを見つめるしかなかった。
(本気、なの?どうして?セルが私を慕っていただなんて……そんなわけない、セルとはそんなに接点もないし、接点があっても、いつも会議とかでしか会ったことがなかったもの)
「で、でも、あなたとは今までそんなにちゃんと話したことはなかったです。私のことも良く知らないでしょうし……それに、そもそもあんな姿を見て幻滅しない方がおかしいですよ。あなただって、他の皆さんと同じように完璧な聖女である私しか知らないし、そんな聖女像を慕っていたのでしょう?」
リリアは身を隠し変装までして酒を飲んでいた。完璧な聖女像に憧れていたのであれば、かえって幻滅するはずだ。
「いや、あなたのことならなんでも知っていますよ。俺の情報収集力を舐めないでください。それに、完璧じゃないあなたを知ってより一層好きになりました。あなたの秘密を知っているのは俺だけだ。この秘密を他の人間に知られたくないのは俺も同じです。俺だけが知っていればいい」
そう言って、セルはリリアの片手を持ち上げ、手の甲に優しくキスをした。
(えっ、ええっ!?)