51 逢瀬
「セッ……!?」
魔力の気配がして振り向くと、そこには半透明のセルがいる。思わず名前を呼ぼうとすると、セルが人差し指を口元に置き、首を振った。
(声を出すなっていう事?)
リリアが黙り込んで不思議そうな顔で見ていると、半透明のセルは周囲を見渡してから目を瞑り、何かを探っている。少ししてそれが終わると、セルの姿が半透明から通常の姿になっていた。
「部屋に盗聴や監視の魔法は施されていないようだ」
「セル!」
リリアは駆け寄って思わずセルに抱き着いた。
「おっと、……だいじょうぶだったか?本当は来るつもりはなかったんだが、心配で来てしまった」
セルが優しくリリアを抱きしめ返すと、リリアはセルの背中に回した手でセルの服をきゅっと掴む。
「ううーっ、何とか対応できましたけど、でも、セレーナ様怖かったです……うっ」
半べそになりながらリリアがセルを見上げてそう言うと、セルは眉を下げて小さくため息をついた。
「やっぱりか。オルグ殿にも言われたんだよ、セレーナ様はきっとリリアに厳しく言っているんじゃないかって。案の定だったな。様子を見に来てよかったよ」
そう言って、ぎゅうっと優しくリリアを抱きしめる。セルの温もりと落ち着く匂いに、リリアはホッとする。
「来てくれてよかったです。いつもは一人でも何も不安じゃなかったのに、セルが側にいないだけでこんなに不安になるなんて……婚約者としてではなく、騎士らしくいてほしいと馬車の中で言ったばかりなのに、なんだかすみません」
「いや、ここに来たのは俺の勝手な判断だ。でも、リリアがそう言ってくれてよかったよ。来たかいがあった」
そう言ってセルはリリアから体を少しだけ離し、リリアのつむじに小さくキスを落す。それからリリアの頬に片手を添えて、そっと優しく撫でた。
(セルの手はあたたかい……なんだかとてもホッとする)
セルの手の温もりにリリアはうっとりとして目を閉じ、頬を摺り寄せる。
「……っ」
「セル?」
セルの手がピシッと固まったことに気付いたリリアが目を開けて首をかしげると、セルは視線をそらして小さく咳ばらいをした。
「甘えてくれるのは嬉しいが、あんまり可愛いと理性を保つのが大変になる」
「……?」
はあ、とため息をついて、セルはリリアをまた抱きしめた。
「もうすぐ夕食の案内が来るだろうから、そろそろ俺も自分の部屋に戻るよ」
「……行ってしまうんですね」
リリアはセルに抱き着いたまま小さく呟く。騎士としていてきちんとしてくれないと聖女リリアの姿を保つことができないだなんて言っておきながら、もうすっかりセルに甘え切ってしまっている。
(こんなんじゃ、セルに呆れられちゃう)
ギュッとセルにしがみついてから、リリアはセルからそっと離れた。
「来てくれてありがとうございました。本当に、嬉しかったです。不安もなくなりましたし、聖女リリアとして頑張れそうです」
そう言って微笑むリリアを見て、セルは目を細めると、リリアに手を伸ばして腰に手を回し、引き寄せた。
「っ、セル!?」
驚くリリアの体をしっかりと支えて、セルはリリアにキスをした。本当に、触れるだけの優しいキスだが、溢れんばかりの愛情がこもっている。唇を離すと、セルはニッ、と口角を上げた。
「今はこの程度のことしかできないが、騎士としても婚約者としてもどんな時でもリリアのことを思い、側にいる。だから、安心してくれ」
「……はい!」
リリアは心底嬉しそうに微笑むと、それを見てセルも嬉しそうに微笑む。それじゃまた夜に、とリリアから体を離してセルは転移魔法で姿を消した。
魔法を使えばどこかしらに痕跡が残り、セレーナやオルグに見つかりそうな気がするが、セルのことだ、恐らくは痕跡すら残らないようにできるのだろう。
「……ん?あれ?また夜にって言わなかった?もしかして、夜もここに来るつもりなのかしら?」
目をぱちくりさせてそう言ってから、リリアは両手を頬に添えてふふっ、と顔を赤らめながら嬉しそうに微笑んだ。




