5 騎士団長の重すぎる思い
(まさかこんな形で聖女様……リリアと婚約することができるなんてな)
お互いに約束を破らないために魔法契約を済ませ、リリアを転送魔法で王城にあるリリアの部屋まで送ったあと、セルは部屋で一人ソファに座りながら静かにほくそ笑んでいた。
セルがリリアと初めて出会ったのは、リリアが聖女として就任した日のことだ。リリアは聖女の力が目覚めてから、成人すると同時に王城へ招かれた。
まだ若く、右も左もわからないだろうリリアは、それでも賢明に聖女としてきちんと在ろうと奮闘していた。その健気な姿に、セルは純粋に応援してあげたい、この国の騎士として影ならが支えてあげたいと思ったのだった。
その後も式典や会議などでリリアと対面するたびに、リリアは聖女として完璧な振る舞いを取るようになっていて、目まぐるしい成長を喜ぶ一方、頑張りすぎているのではないか、無理をしているのではないかという心配も芽生えていた。
リリアとは歳が七歳も離れているし、最初はただ単に年長者として見守ってあげたい、力になってあげたいというありきたりな気持ちなのだと思っていた。だが、次第にそれだけの気持ちではないのかもしれないと思い始めてしまう。
(いつからかリリアの姿を目で追うようになっていて、リリアと話ができるだけで心が沸き立ち、幸せを感じるようになっていた。これが恋だと気づくのに時間はかからなかったが……年の差もあるし、何よりもこの国の聖女に恋心を抱くなんてあってはならないことだと、ずっと心の奥底へ閉じ込めていたんだが)
ソファから立ち上がり、魔法で鍵のかかった机の引き出しの鍵を開けて中から分厚い書類の束を取り出す。それは、リリアについて調べあげられた内容が何十枚にも渡って書かれている書類だった。それを書き上げたのは他の誰でもない、セル自身だ。
セルは、自分の気持ちを心の奥底へ閉じ込めるかわりに、常にリリアの動向を調べ、どんな些細なことでもリリアについてならわかるようにしていた。もちろん、リリアにも他の人間にもバレないように細心の注意を払っているので、セルがそんなことをしているなんて誰も知らないのだ。
自分の部屋の一角にある魔法の鍵がかかった棚の扉を静かにあける。そこには、白い布地に紫色の糸で美しく刺繍が施されたハンカチや、リリアの姿が写ったプロマイド、白銀と紫色の花細工があしらわれた小さなチャームなど、国から国民へ向けたリリアにまつわる様々な限定のノベルティグッズだった。
(リリアが聖女の力に目覚めて聖女になるまでは、この国には何十年も聖女がいなかった。久々の聖女の誕生で国もうかれているんだろう。国民へ向けた数量限定のノベルティグッズを毎年のように作って国民に配っているが、本当は全部のグッズを独り占めしたい)
特に、自分以外の人間がリリアのプロマイドを持っていると考えただけでも苛立ってしまう。限定品なので、プロマイドを持っている人間は限られている。持っている人間を調べて全員から奪ってしまいたいが、そんなことは騎士団長として許されるわけがない。というか、そもそもそんなことしたら人間として終わっているし、リリアにも嫌悪されるだろう。
(騎士団長には無償でノベルティグッズが国から貰えるが、俺は本当は自分の力でちゃんと獲得したいんだ。だが、立場上、もう持っているのになぜまた獲得しようとするのかと疑問に思われてしまう。騎士団長でよかったと思うのと同時に、自分の力では獲得することができないというもどかしさで毎回苦しくなるな……)
セルはノベルティグッズを眺めながら、小さくため息をついて棚の扉をそっと閉じた。
(だが、俺はノベルティグッズではなく、リリア本人を獲得できるんだ。リリアの気が変わってやはり婚約はできないと言われたとしても、魔法契約書を結んでいるからそれはできない。魔法契約書を結ぶというのはとっさの判断だったが、我ながら良い閃きをしたものだ)
セルは、フッ、と不敵な笑みを浮かべる。
(リリアは本当の自分を知ったら幻滅すると言っていたが、幻滅するわけがない。さすがに隠れて飲酒をしていることは知らなかったが……たまたま任務であの場所に行ったのは幸運だったな。飲酒しなければ自分を解放できないほど、聖女という重圧に耐えきれなくなっていたんだろう。このことを知ることができて本当によかった)
完璧な聖女として賢明に頑張っているリリアがいじらしく、胸がきゅっとなる。
(リリアは完璧ではない姿を知ったらがっかりすると思っているんだろうが、俺がどれだけリリアを見つめ、見守ってきたと思っている?リリアのだめな所だって知っているし、そんな所でさえも愛おしいんだ。絶対に逃さない、逃がすものか)