49 聖女への思い
「しかし、まさかヴォルグスタ卿とリリア様が婚約するとはね。驚きましたよ」
騎士たちの泊る部屋へ案内するオルグは、王城内の廊下を歩きながらそう言ってへらり、とセルへ笑顔を向ける。
「リリア様は隙のない完璧な聖女様だし、ヴォルグスタ卿はどこからどうみても堅物の騎士団長って感じだし。そんな素振り一切見せなかったじゃないですか。だから、お二人がそういう仲だとは思いませんでした。聞けば、ヴォルグスタ卿は貴国の国王が勧める婚約者候補を拒否してまでリリア様を選んだとお聞きしました。聖女が相手であれば、国王も手放しで喜ぶしかないでしょうね」
オルグの言葉に、セルは相変わらず真顔のままだ。それを見てオルグはふーんと言うような顔をしてから、またへらりと微笑みディアスを見た。
「オルレーヌ卿も驚かれたのでは?聖女交流会のたびに、ヴォルグスタ卿の聖女を守る騎士としての在り方を知って、痛く感銘を受けてヴォルグスタ卿のようになりたい、なんて言ってましたからね」
「それは……っ!あんまりぺらぺらとそういうことを喋らないでいただきたい」
ディアスが血相を変えてオルグへ注意する。だが、オルグはへらへらと笑みを浮かべたままディアスへ肩を組んだ。
「別に悪口じゃないんだし、いいじゃないですか。ねえ、ヴォルグスタ卿もそう思うでしょう?」
肩を組まれたディアスは、すぐに組まれた肩を外して慌てて身なりを整えている。オルグに言われ、セルは小さくため息をついた。
「そんなに我々の婚約話が注目されているとは思わなかったですよ。それに、騒がれるほどのことではありません。リリア様も俺も、公の場では聖女と騎士としての立場をわきまえています。どうせ注目されているのは今だけだとは思いますが、婚約についてリリア様へあれこれ聞くようなことは控えていただきたいですね」
チラ、とオルグを見るセルの視線は、いつものように気怠げなのにも関わらず、うっすらと怒りをはらんでいるかのようだった。それを見てディアスはうっ、と息をのむが、オルグはそれを見ても平然としている。
「はは、俺たちがリリア様にあれこれいうことなんてできないとあなただって知っているでしょう。俺たちはただの護衛騎士だ。それに、他国の聖女へ気軽に話しかけるだなんて恐れ多くてできませんよ。だからこうしてあなたからあれこれと聞き出そうとしてるんです。婚約はヴォルグスタ卿から申し込んだんですよね?いつからリリア様を慕っていたんですか?……もしかして、ずっと前から?」
目を細めてセルを見るオルグは相変わらずへらりとしているが、笑っているようで笑っていない。
「……それを聞いて何になるんですか?プライベートなことなので、答えるつもりはありません」
セルは冷ややかな視線をオルグへ向けそう答えた。だが、オルグは引き下がらない。
「へえ、そうですか。でも、俺は護衛騎士として聞きたいんですよ。あなたは聖女リリアへ接するとき、騎士として常に徹底していた。オルレーヌ卿はあなたを尊敬し憧れていますが、俺だって尊敬していましたよ。あなたの姿は、いつだって騎士のなんたるかを体現しているようなものですから。そんなあなたが、いつから聖女リリアを、聖女ではなく一人の女性として意識していたのか。気になるじゃないですか。答えによっては、護衛騎士としての矜持への冒涜とも捉えられますからね」
そう言うオルグは、もうへらへらと笑ってはいない。立ち止まり真剣な顔で、セルに問いただしている。オルグの隣にいるディアスも、真剣な顔でセルを見つめていた。
「はあ、……あなたたたちが騎士として俺を尊敬してくれていることは本当にありがたいとは思いますよ。思いますが、勝手に騎士としてあれこれ一方的に言われて冒涜だと言われるのは困りますね。俺はただ、俺の思う騎士としての在り方でいただけです。そしてこれからもそれは変わりません。リリア様の婚約者にはなりましたが、俺は今までもこれからも、騎士だ。聖女リリア様をお守りし、国と民のためにこの力を奮う。ただそれだけです」
そう言って、セルは二人へ視線を合わせた。セルのルビー色の瞳がしっかりと二人を捉えている。
「それに、いつからリリア様を一人の女性として意識していたか?そんなものわかりませんよ。俺は、ただ聖女リリア様をお守りしたい。あの洗練された笑顔を、研ぎ澄まされた所作を、聖女としての在り方を、存在を、ただひたすらにお守りしたい、聖女リリアとしていつまでも変わらず在り続けられるようにと、そう願っているだけです。そして、騎士として側にいるうちに、騎士としてだけではなく一人の男としても強くそう思い、今回無理を言って婚約させてもらったようなものだ。婚約したからと言って、騎士としての在り方を変えるつもりなど毛頭ない。だから、あなたたちにとやかく言われる筋合いはないんですよ」
低く威圧感のある重厚な声できっぱりとそう言うセルに、オルグもディアスも気圧されるようにただ目を大きく見開いて唖然としていた。しばらくして、オルグがふはっ、と笑う。
「なるほど、そうですか。わかりました。ぶしつけな質問をしてしまい、すみません。……我々はどうやらあなたを侮っていたようだ」
最後は呟くようにそう言うと、オルグはまた歩き出す。セルとディアスはそれに続くように歩き出した。
「ヴォルグスタ卿の思いはわかりました。そう言われてしまえば、俺もオルレーヌ卿も何も言えません」
オルグがそう言うと、ディアスは小さく頷く。
「ただ……俺たちは納得しましたが、うちの聖女様はなかなかにうるさいと思いますよ。聖女たるものは、というのを見事に体現しているような聖女ですからね。きっと、婚約のことでリリア様へあれこれと口うるさく言っている可能性があります。リリア様がご無事だといいのですが」
両手を頭の後ろで組みながら言うオルグのその言葉に、セルは歩きながら眉を顰め、そっと拳を握り締めていた。




