45 胸焼け
聖女交流会。ガイザーの口から出たその言葉を聞いた途端、リリアの表情が曇る。
「両隣のネイランドとガーム、そして我が国の聖女三人が揃って交流会を行うと聞いているよ。毎年今の季節に行われているんだろう?」
三国の仲が良好だということをそれぞれの国民に知らしめるため、お茶会や食事会などを開き聖女という仕事について知識を深めあう、というのが聖女交流会だ。毎年、三国の中のどこかの国で開かれる。
「そう、ですね……すっかり忘れていました」
はあ、とリリアはうなだれながら小さくため息をつく。それを見てガイザーは首を傾げ、セルは眉を下げて微笑んだ。
「リリアは聖女交流会が苦手なんだよな」
「……私、セルに話したことがありましたっけ?」
「聖女交流会の護衛は毎回俺が担当している。リリアの様子を見てればなんとなくわかるよ」
(え、私、どんな時でも完璧な聖女を演じているはずなのに、セルにはバレていたの!?)
どんなに苦痛な時間であっても、リリアは笑顔を絶やさず周囲に気配りをし、美しく可憐で清楚な優しい完璧な聖女を演じている。それでも、セルには全てお見通しのようだ。
「……セルは、すごいですね。私は完璧な聖女を演じきれてると思っていたのに」
「ああ、いつだってちゃんとできているよ。だが、俺にはリリアのほんの些細な変化もわかる。だから、いつも気がかりだった。疲れているんじゃないか、困っているんじゃないか、と」
隣に座るリリアの手をそっと掴んで気遣うように言うセルを、ガイザーは目を丸くして見つめている。
「……確かに、すごく疲れてしまいますし、いつも早く帰りたいと思っていましたね。今回のことも気が重いです」
「ネイランドの聖女のことか?」
「本当になんでもお見通しなんですね……!」
「俺もあの聖女は苦手だからな」
セルも小さくため息をつく。すると、ガイザーが首を傾げながら口を開いた。
「ネイランドの聖女って、確か千年に一度の人材と言われていると聞いたことがあるけど、その聖女が、何か厄介なのか?」
「まあ、色々と……」
リリアが困ったように言い淀むと、ガイザーはいいよと首を振る。
「言えないこともあるだろうし、あまり他国の聖女についてあれこれ言うのはよくないんだろうな。とにかく、リリアにとって聖女交流会はあまり気乗りしないイベントだということはよくわかったよ」
「今年は確かネイランドで開かれるんだったよな。護衛はいつものように俺が担当する。婚約者だから部屋も同じだ。俺の前ではいつものリリアになって甘えてくれて構わないよ」
フッと優しく微笑んで言うセルを、リリアはうっ……と潤んだ瞳で見つめる。見つめ合う二人の瞳には熱がこもり、すでに二人の世界が出来上がっている。
「なんだか、あれだね。仲が良いことはとてもいいのだけれど、二人を見てると糖度がすごくて胸焼けを起こしそうだよ。まさか外でもそんな感じなの?」
ガイザーが胸を押さえながら苦笑すると、リリアは否定するように首をブンブンと振った。
「まさか!いくら婚約者相手とはいえ、この国の完璧な聖女が甘えた姿を見せるなんてあり得ません。それに、セルだって一応場を弁えてくれています。外では気怠げで飄々とした騎士団長ですよ」
「気怠げって……そんな風に思われてたのか」
セルが参ったなとぼやくと、ガイザーはフフッと小さく笑う。
「確かに、セルは黙っていると一見気怠げで、何を考えているかわからないところがある。でも、内面が見えずらいというのは騎士団長としてとても有益なことなんだろうね。それに、気怠そうに見えて実は威厳もあるし」
「……褒め言葉として受け取っておくよ」
そう言って、セルは肩をすくめた。
「いいなあ、俺もリリアの護衛に行きたかった」
「……領主としての自覚を持てとついさっき言ったことを、聞いていなかったのか?」
セルが顔を引き攣らせながらガイザーにいうと、ガイザーはまずったというような顔で視線を逸らす。それを見て、リリアはくすくすと笑っていた。




