43 不審者の正体
前ヘインドル卿が捕まってからちょうど一ヶ月が経ったこの日、リリアとセルはガイザーに会うためヘインドルの屋敷を訪れていた。
通された応接室で待っていると、すぐにガイザーが現れた。
「リリア!騎士団長もよくお越しくださいました」
「兄さん!お元気そうでよかった」
リリアとガイザーが笑顔で挨拶を交わしている少し後ろで、セルは静かに微笑んで会釈する。
「本来は俺がいないで二人きりの方が色々と話しもしやすいんだろうが、リリアはこの国の大事な聖女だ。護衛無しで出歩くこと、誰かに会うことは原則的にできない決まりになっている。申し訳ないが我慢してくれ」
セルがそう言うと、リリアも申し訳なさそうな顔でガイザーを見る。そんな二人にガイザーは否定するように首を振った。
「気にしないでください。承知のうえです。ただ、リリアはそんな生活息苦しくないのかと……いや、リリアはそれを踏まえた上で聖女の仕事に誇りを持っているんだろう?それなら、俺は何も言えないよ」
リリアを見て眉を下げてそう言ってから、ガイザーはセルを見た。
「でも、騎士団長自ら護衛しているとは思いませんでした。騎士団長はお忙しい身なのに……」
「俺がいなければ成り立たない騎士団では、そもそも組織としてだめだろう。必要な時には必ずいて決断をくだすのが俺の役割だが、それ意外は現場の騎士たちに任せている。任せることができうる人間が揃っているからな」
それに、とセルはリリアへ静かに視線を向ける。
「リリアの護衛は婚約者である俺が絶対にやりたいんだ。リリアの身に何かあったら俺は生きていけない。騎士団長としてもそうだが、一人の男としても」
「そ、そんな、大袈裟な……」
リリアが慌てたように苦笑しながらセルを見るが、その顔を見て目をぱちくりさせる。セルの気怠げな瞳はいつになく真剣だ。
「大袈裟じゃない、本気だよ」
「うっ……」
(セルのこの顔は本当に本気の顔だわ……)
「リリアは本当に愛されているんですね。なんだかこの場に俺がいる方が邪魔な気がしてしまいます」
「に、兄さん、そんなことは……!でも、本当にセルはお忙しいのではないのですか?森の調査も確かまだ終わってないと聞きましたし」
リリアがこっそり隠れてお酒を飲んでいた森に不審者が現れてから、その不審者が何者なのかまだはっきりしていない。
「森の調査?」
ガイザーが興味深そうに聞くと、セルはいつもの気怠げな瞳をガイザーへ向け口を開く。
「詳しい場所は言えないがとある領地の境目の森に、不審者が通った形跡があるんだ。その森には獰猛な魔物が多いため人はほとんど通らない。なのに人の通った形跡と魔物を倒した跡が見つかった」
セルの説明を聞きながら、ガイザーの眉にだんだん皺が寄り、なぜが首が傾いていく。
「不審者の可能性が高いため、現在調査を行っている。最近はぱったりと人が通った形跡が無くなったから、様子見になっているんだ。またいつ現れるかわからないから警戒体制になっている」
そこまで聞くと、なぜがガイザーの目があちこちに泳いでどことなく焦ったような雰囲気だ。
「どうかしたのか?」
「いや、えっと、つかぬことを伺いますが、それは……もしかして、ゼド領とイア領の境目の森、では……?」
「……どうしてそれを?」
セルの低い声が部屋に鳴り響いた。やや垂れ目がちで普段は気怠げなセルの瞳は、今は獲物を捉えた瞳をしており、ガイザーを完全にロックオンしている。
ガイザーはもはやヘビに睨まれたカエル状態だった。
「……それは、……たぶん、俺、ですね」
「兄さん……?」
ガイザーの返事を聞いてリリアが目を丸くし、セルの瞳はさらにギラリと光った。
「どういうことか説明をしてくれますか、現ヘインドル卿。返答によっては今すぐにあなたを逮捕する必要がありますが」
騎士団長モードに入ったセルの声音は低く、恐ろしい。ガイザーは思わず心臓が縮こまりひゅっと喉がなる。
(一体、どういうことなの?)
リリアもガイザーを不安げに見つめて次の言葉を待っていた。
「それは、ですね、えっと……騎士団長に勝てるようになるために、魔物を倒して鍛錬していたんです」
「は?」




