41 背徳感
リリアとセルがそれぞれ仕事を終わらせ屋敷へ帰り、夜になった。
リリアが湯浴みをしている時間、セルは自分の部屋の一角にある魔法の鍵がかかった棚の扉を静かに開けた。
そこには、白い布地に紫色の糸で美しく刺繍が施されたハンカチや、リリアの姿が写ったプロマイド、白銀と紫色の花細工があしらわれた小さなチャームなど、国から国民へ向けたリリアにまつわる様々な限定のノベルティグッズが綺麗に並べられている。
セルはそれを見て満足そうに頷くと、リリアから貰って手帳に大事に挟んでいたサイン入りのブロマイドを取り出し、状態保存の魔法をかける。そして、すでに置かれていたブロマイドの横へ並べてぽつりと呟く。
「また一つ増えた」
しみじみと、噛み締めるような一言だ。
(ブロマイドも増えてきたな。せっかくだから一つ一つ写真立てに入れるか、それともアルバムに入れておくか……いや、アルバムに入れてしまうと見るためにわざわざアルバムを開かなければいけない。やはりそのまま見える状態で飾りたいな)
ふむ、と考えながらセルは棚をじっくりと眺める。
(そろそろ棚を買い替えるか。ブロマイドだけを並べる列があっても良さそうだ)
セルは恍惚な顔で、リリアから貰ったブロマイドを、指で優しくなぞる。
(こうやってノベルティグッズの棚を眺めるのは、リリアが湯浴みに入っている時間でしかできないことだからな)
リリアが突然この部屋を訪れた時に、うっかり棚を開けている状態はまずい。リリアがいきなり部屋へ入ってくることは無いが、ハプニングというものが無いとも限らない。
こんな棚、リリアに見られたらさすがのリリアもドン引きして嫌われてしまうかもしれない。それだけは絶対に避けたいのだ。
だからこうして、リリアが湯浴みに行って絶対にセルに会いにこないであろう時間を狙って、棚をじっくりと眺めているのだ。
(今年のブロマイドも本当に美しい。リリアの良さが際立っている。カメラマンに賛辞を送りたいくらいだな。……カメラマンが女性だと聞いて本当によかった。男性だとしたらたとえカメラマンだとしても嫉妬で腸が煮えくり返りそうだからな)
リリアのブロマイドをひとつひとつ指でゆっくりなぞりながら、セルの表情が厳しくなる。
(限定とはいえ、今年のブロマイドを他にも持っている人間がいると思うだけで嫌な気持ちになるな。全員から奪ってしまいたい。……そんなことはできないし、したらそれこそリリアに嫌われてしまう)
はぁ、と小さくため息をつきながら、セルはブロマイドから指を離し、白い布地に紫色の糸で美しく刺繍が施されたハンカチを手に取った。
そして、そのハンカチを鼻元へ置くと、すうーっと息を吸い込む。そして、ほうっと恍惚な顔で息を吐いた。
(ノベルティグッズは全てリリアがひとつひとつ心をこめて梱包していると聞いている。これもリリアが触れたものだと思うとやめられないな)
セルはもう、リリアと婚約しリリアを抱きしめキスまでしている。直接匂いを嗅ぐことだって可能だ。それでも、セルはついハンカチの匂いを嗅いでしまう。
(状態保存の魔法をかけているから、これは当時のままだ。当時のリリアが触れたものだと思うとこれはこれでまた感慨深いものがある。それに、今は少し背徳感もあるからな)
いつでもすぐリリアに触れられる距離にいるのに、隠れてこんなことをしているのだ。バレたら最後。そんなスリリングさとリリアへの後ろめたささえ、セルにとっては興奮する材料となっている。
(そろそろリリアが湯浴みから出てくる時間だな。直接リリアへ触れに行こう。いや、触れられなくても良い、とにかくすぐにリリアの顔が見たい)
ハンカチを丁寧に棚へ戻すと、セルは棚を締めて魔法で鍵をかける。そして満足そうに微笑んでから部屋をあとにした。




