40 偽物
こんなにもセルが聖女リリアの熱狂的なファンだったとは思っておらず、リリアはさらに顔を赤くする。
(完璧であることが当たり前の聖女リリアのファンなのに、完璧じゃないだめだめな私自身も好きでいてくれるなんて……本当にセルはずっと昔から、私のことを見守って大切に思ってくれていたんだわ)
「ありがとうございます、セル。最初はあなたのことちょっとおかしいと言うか、完璧じゃないこんな私のことを好きだなんてあり得ない変わった人だと思っていたんです。でも、それはセルがずっと私を陰ながら見守っていてくれたからこそなんですよね。私の頑張りを知っていて、ずっと見守ってくれていた。こんなに心強いことはありません。私、聖女として今まで頑張ってきてよかったって、心から思います」
ふわっと花が咲いたように嬉しそうに笑うリリアに、セルの心臓は大きく跳ね上がった。リリアの笑顔と言葉のおかげで、セルの瞳には全てがキラキラと輝いて見える。
「こんな男に捕まって残念だと言いますけど、そんなことないです。私は、セルが見守っていてくれるからこれからも頑張れます。頑張ろうって思えます。その位、セルの存在が私の中で大きくなっているんですよ。だから、これからもどうぞよろしくお願いします、セル……って、うわあっ」
リリアが言い終わる前に、セルはたまらずリリアに抱き着いていた。愛おしさが溢れて止まらない。この可愛く努力家でひたむきな聖女は、どこまで自分の心を鷲掴むのか。セルは体を少しだけ離してリリアの顔を覗き込むと、すぐに唇を塞いだ。
「んん!んーっ!」
うめき声をあげるリリアを無視して、セルはありったけの熱い口づけをする。何度も何度も執拗にキスして舌を絡め、リリアの体がくったりとしたところでようやく唇を離した。
はーっはーっと息も絶え絶え、リリアは顔を赤らめ蕩けた顔でセルを見つめる。やりすぎたか、と思いながらセルはリリアを抱きしめた。
「すまない、あんなこと言われて、愛おしさが溢れて止まらなかった」
ぐりぐりとリリアの肩口に頭を押し付け、セルが謝ると、リリアは息を整えてから困ったような口調で言った。
「あの、そう言ってくれるのは嬉しいですけど、今は業務中ですし、こういうのは、困ると言いますか……」
「ああ、本当にすまない」
そう言って、セルは体を離すとリリアの額にちゅっと小さくキスをした。
「もう、本当に反省してます?」
「してる、してるよ。だから許してくれ」
それを聞いてリリアは諦めたように小さく息を吐くと、ソファへ座りなおした。
「そろそろお仕事に戻った方がいいのでは?」
「……はあ、そうだな。離れがたいが仕方がない。ああ、その前に、ひとつリリアに伝えておくことを思い出したよ。ものすごく重要なことだ。屋敷に帰ってからと思っていたが、今言おう」
急に真面目な顔になったセルに、リリアは首を傾げた。
「前へインドル卿が手にしていた毒だが、あれは偽物だった」
「偽物……!」
「あの毒を渡したのは、前へインドル卿を良く思わない他の貴族の手先だった。前へインドル卿が欲しがっているものを調べ、さもそれがあるかのように振舞い、だました。入っていたのはただの魔力抑制剤で、聖女リリアに酒を飲ませた罪で前へインドル卿を陥れたかったらしい。まあ、全て未遂に終わったが」
あの毒は偽物だった。その事実に、リリアはほっと胸をなでおろす。
「前へインドル卿を陥れようとした貴族は、そもそもそんな毒が実在するなんて信じてもいないようだ。毒があると信じていた前へインドル卿を、相当馬鹿にしている。未遂に終わったが、間接的に聖女リリアに危害が及ぶような真似をしたからな、そちらの貴族も厳しく処罰されることになっている」
「そうなんですね……」
ふうっとリリアが息をつくと、セルはリリアの手を握る。
「毒が偽物で本当に良かった。これで毒の脅威にリリアが怯えることもない」
「そうですね、本当に良かったです。安心しました」
「だが、それでもやはり酒を飲むのは俺の前だけにしてくれよ」
「当たり前です!セルの前でしか飲みたくないですし、そもそも飲んだことがバレたら一ヵ月監禁で懺悔室で懺悔しなければいけないんですよ……!」
ブルブルと首を大きくふるリリアを、セルは小さく微笑んで見つめていた。




