39 熱狂的なファン
前へインドル卿が捕まって二週間が経った。リリアは今日も王城内にある聖女用の執務室でせっせと書類に目を通し、事務処理を行っていた。
(あれから二週間……前へインドル卿への処罰が下るのが今日と聞いていたけど、もう終わったのかしら)
セルも騎士団長として一部の貴族と王家のみで構成されている議会に出席している。帰りに執務室へ寄るからと言われていたけれど、午後になってもまだセルは現れない。
(考えていても仕方ないわ、とにかく今はこの書類の山に目を通さないと。それにしても、多い……)
机の上にはこんもりと書類が積み重ねられている。リリアが狙われたことで、当分の間リリアはあまり表立った任務をしない方がいいということで、事務処理の仕事をやまほど与えられてしまった。
うーんと目を細めながらまた書類へ目を通そうとしたとき、ふとドアの外に気配がする。
コンコン
「リリア、入ってもいいか」
「セル!どうぞ!」
リリアが嬉しそうに返事をすると、セルがドアを開けて執務室の中へ入って来た。セルの姿を見て、リリアは嬉しくなりセルの元へパタパタと駆け寄った。
「お疲れ様です、セル」
嬉しそうにそう言って笑顔を向けるリリアを見て、セルは目を丸くしてから顔を片手で覆う。
「セル?どうしました?」
「いや、リリアがあまりにも可愛いから驚いた」
「えっ、何を言ってるんですか?疲れてます?今お茶を淹れますね」
呆れたようにリリアが言うと、セルは本当のことなのにと頭をかきながらソファへ座る。リリアがお茶を持ってきてセルの前に置くと、リリアはセルのむかえのソファに座ろうとした。だが、セルはリリアの手首を掴んでそれを制する。
「?」
「リリアが座るのはこっちだろう」
そう言って、セルは当然のようにぽんぽん、と自分の横を叩く。その態度にリリアは嬉しそうにくすっと小さく笑って、セルの横に座った。
「それで、議会はどうでしたか?」
「前へインドル卿、加担した従者のセドゥクは当然極刑だ。現へインドル卿については、議員の座を剥奪、議会には出席できなくなる。だが、領地の没収は免れた。現へインドル卿は父親の計画を全く知らなかったからな。若い芽を摘むには忍びないとの国王の判断だ」
(よかった)
セルの言葉に、リリアはホッとする。そんなリリアを見て、セルはフッと微笑んだ。
「落ち着いたら、こんどまたへインドルの屋敷へ行こう。ガイザー殿も喜ぶだろう」
「いいんですか?嬉しい、ありがとうございます!」
リリアは両手を顔の前で合わせて目を輝かせる。
「あ、そういえば」
そう言って、リリアはソファから立ち上がり、机の引き出しから一枚の写真を取り出した。
「これをセルに渡そうと思っていたんです」
リリアが渡したのは、サイン入りのブロマイドだった。それを見た瞬間、セルの瞳に覇気が宿る。
「これは……!」
「この間、ノベルティグッズ用の撮影をしたんです。それで、サイン一枚目はセルに渡すと約束していたので」
リリアが森の中で微笑んでいる写真だ。木漏れ日から漏れる光に照らされてリリアが輝いている。神々しさまで感じられる一枚だ。その写真に、リリアのサインが書かれている。
「すごい、本当にこれを俺に?」
「はい、喜んでいただけるかわかりませんが……」
「嬉しい、嬉しいよ!本当にありがとう。これは大事に保管しないとだな」
胸元から手帳を取り出し、心底大切そうに写真を挟む。そんなセルを見て、リリアは少し驚いていた。
(こんなに喜んでもらえるなんて思わなかった。しかもすごく大事そうに手帳に挟んでるし……セルって意外とミーハーなのかしら?)
「俺は今まで配られたノベルティグッズは全て大切に保管しているんだ。騎士団長だから優先的にもらえていたものばかりだが、今回はこうしてリリアから直接手渡しで、しかもサイン一枚目をもらえるだなんて……本当に何と言っていいかわからないくらい嬉しいよ。ありがとう」
「そんな、まさかそこまで喜んでもらえるなんて驚きです。今までのもちゃんと持っていてくれたんですね。ふふ、なんだか嬉しい」
リリアが嬉しそうに微笑むと、セルはリリアの片手をそっと掴んだ。
「前にも言ったが、俺はずっとリリアのことを思っていた。今はこうして婚約者として側にいることができているが、そうなる以前から誰よりも、リリアの熱狂的なファンだと自負している。リリアを思う気持ちは、誰にも負けるつもりはない」
そう言って、リリアの手の甲に小さくキスを落す。熱い言葉と優しいキスに、リリアの心は溶けてしまいそうだ。
(うっ、セルってばそんなことを、照れもせず堂々と……!)
顔を真っ赤にするリリアを見て、セルは嬉しそうに目を細める。
「この気持ちは未来永劫ずっと変わらない。聖女リリアの絶対的なファンであり、聖女であるリリアも聖女でないリリアもどんなリリアでも愛するただの一人の男だ。こんな男に捕まって残念かもしれないが、手放す気はない。観念してくれ」




