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38 和解

「俺はリリアが嫌々聖女の仕事をしているのだとばかり思っていた。無理をしてまでする仕事じゃない、そんな仕事さっさと辞めて、ここで俺と一緒に静かに暮らすのがリリアの幸せだと、本気で思っていたんだ。でも、そうじゃなかった」


 ガイザーの紫水晶のような美しい瞳が悲しげに揺れる。


「この間、リリアから俺が一方的に自分の気持ちを押し付けているだけだと言われた時、ハッとした。リリアの気持ちを聞いて、リリアは確かに無理をしているけれど、それでも聖女の仕事に誇りを持っていること、そんなリリアを騎士団長が全て受け止めて支えてくれていることを知った。……俺の付け入る隙もない。兄としてリリアにできることは何もないんだと思い知らされたよ」

「兄さん……」


 ガイザーは小さく息を吐くと、視線をセルへ向けた。セルは表情を変えずに、ただ静かに視線を返す。


「今回のことで領地没収になったとしても俺は意を唱えるつもりはありません。国の判断に委ねます。……もしそうなった場合は、どうかリリアを頼みます。今更俺が頼める立場ではないことはわかっていますが」

「……確かに領地没収の可能性はある。だが、まだ正式に決まったわけではないでしょう。没収されず、議員の地位を剥奪されるだけで済むかもしれない。今後のことについては、国から正式に沙汰がおりてからでも遅くはない。それに、俺は別にあなたからリリアを奪うつもりも、奪ったつもりもない」


 セルの言葉に、ガイザーは瞬きをして首をかしげる。


「俺があの時怒ったのは、あなたがリリアのことを何も知ろうとしなかったからだ。だが、今はこうしてリリアに対して理解しようとしている。まだ、兄として向き合うには時間が足りないはずだ。リリアだって、理解されないから拒否しただけで、今はきっとあなたを許しているはずだ」


 セルがそう言うと、リリアはハッとして小さく頷いた。それを見て、ガイザーは大きく目を見開く。


「ほん、とうに……?」

「処罰が下されるまで時間はある。お互い、離れていた時間どんな風に生きてきたのか語らう時間は十分ありますよ。リリアがもしそれを望むなら、俺はそれを止めたりはしない」


 その言葉に、ガイザーは不安そうな、懇願するような瞳でリリアを見つめた。


「……兄さんが、私の聖女としての仕事も、セルのことも認めてくれているのなら、私は兄さんともっと話をしたいと思っています」

「リリア……!」


 ガイザーの瞳に涙が浮かび上がる。そしてガイザーは両手で顔を覆い、リリアたちの前でもはばからず嗚咽を漏らして泣き出した。


「えっ、そんな、泣くほど、ですか?兄さん……」

「うっ、うっ、だって、嬉しくて……!泣いてしまうのは、仕方ないだろ」


 リリアが慌ててガイザーの横へ座りガイザーの背中に恐る恐る手を置くと、ガイザーは涙をボロボロとこぼしながらも笑顔でそう言う。リリアは困ったように微笑み、そんな二人をセルは優しい眼差しで見つめていた。







 ヘインドルの屋敷でガイザーとの話が終わると、リリアはセルの転移魔法でセルの屋敷へ帰ってきた。帰ってすぐ、セルは報告書をまとめるために執務室へ行くと言っていたが、転移魔法でリリアの部屋に到着した途端、セルはリリアをぎゅっと抱きしめる。


「セ、セル?どうしたのですか?報告書を書かなければいけないって……」

「ああ、でも、その前に一度だけこうさせてくれ。……リリアが無事で本当によかった」


 ぎゅうっと抱きしめる力が強くなる。リリアが何事もなく自分の腕の中にいるということを実感したくて、セルはリリアを目一杯抱きしめる。


「魔物と戦っている時、突然リリアの気配が無くなっておかしいと思ったんだ。ガイザー殿に聞くと、従者が屋敷へ連れて行ったと言う。だけど、ブローチの探知だと屋敷と反対へ向かっていて焦ったよ。正直、リリアから目を離すだなんて、ガイザー殿は本気で馬鹿なんじゃないかと思った」


(セル、いつも以上に辛辣……!)


「でも、本当にあの魔物をよくすぐに倒せましたね。驚きました」

「リリアの元に一刻も早く駆けつけたかったんだ。あんな魔物にかまっている場合じゃないだろ」


(嬉しいけれど、あんな強い魔物をそんな理由であっさりと倒せるセルはやっぱり凄すぎるわ)


「セルが駆けつけてきてくれた時は驚いたけど、でも本当に嬉しかったですよ」


 フフッとリリアが嬉しそうに笑うと、セルはそっとリリアから体を離し、リリアの顔を覗き込んだ。その顔は、どことなく不安げに見える。一体、どうしたのだろうとリリアは首を傾げる。


「リリア、その……勝手に危険探知の魔法のかかったブローチをリリアのローブにつけたこと、怒ったり気持ち悪いと思ったりしていないか?」

「……?えっと、驚きはしましたけど、怒ってもいないですし気持ち悪いとも思ってません。それに、そのおかげでセルたちは駆けつけてくれたのですし」

「それはそうなんだが……本当は事前にリリアに言うつもりだったんだ。だが、出立前にバタバタしてしまい、ヘインドル領地内に行ってからも任務の打ち合わせだなんだで、結局言いそびれてしまった。すまない」


 そう言って、セルは小さく頭を下げる。背が高くいつもは大きく感じられるセルの体が、なぜかとても小さく感じられてリリアは思わず微笑んでしまう。


「いいんですよ、結果オーライですから。でも、もしまた魔法のかかったブローチをつける必要がある時には、事前に教えてもらえると嬉しいです」

「ああ、絶対にそうするよ」


 真剣な顔でうんうんと大きく頷くセルに、リリアは嬉しそうに笑った。




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