37 領主
前ヘインドル卿とセドゥクを拘束し騎士団の団員へ身柄を引き渡したあと、リリアとセルはヘインドルの屋敷へ来ていた。
応接室には、リリアとセル、そしてガイザーがいた。リリアとセルは同じソファに、ガイザーはテーブルを挟んで二人と対面するようにして、ソファに一人で座っている。
「それで、あんたはあの馬鹿父親の企みを知っていたのか?」
セルが冷ややかな瞳をガイザーへ向けると、ガイザーは慌てたように声をあげた。
「知るわけがないだろ!知っていたらあんなことさせない!させる前に殺していた」
ガイザーは目をひん剥きながら、おどろおどろしい声音でそう言う。
(兄さんの口から、とても物騒な言葉が聞こえた気がする)
リリアは困ったような顔をしながらセルとガイザーを交互に見ていた。
「まぁ、そうだろうな。それにしても、まさかあんな手段にでるとは思わなかった。自分の領地内にあんな魔物を引き入れるなんてどうかしている。魔物の入手先に心当たりは?」
「いや、全く無い。俺も跡を継いだばかりで、各所への挨拶も、挨拶する相手が多すぎて最近始めたばかりだった」
「そうか。やはり前ヘインドル卿に直接吐いてもらうしかないようだな」
セルが神妙な顔でそう言うと、ガイザーはリリアをチラリと見てから、複雑そうな顔でセルへ視線を向ける。
「父上……いや、あのクソ男が言っていた聖女の力を消す、ということは一体どういうことなんだ?毒がどうとか言っていたけれど……まさか、聖女の力を消す毒があるとでも?」
ガイザーの問いに、セルとリリアは目を合わせる。
(兄さんは古い言い伝えのこと、何も知らないのね)
「はるか昔の話だ。今のこの国にその毒があるかどうかは定かではなかったが、前ヘインドル卿はそれを手に入れたということなんだろう」
「そんな毒が!?それをリリアに飲ませようとしたのか?あのクソ男!」
ダンッ!とガイザーが目の前のテーブルを拳で叩く。セルはそれを見ながら立ち上がり、ガイザーの近くまで来てガイザーの目の前に手を翳した。
「?」
「そんな毒があるかもしれないということは国民には一切知らされていない。王城内でも一部のごく限られた人間しか知らないことだ。そんなものがあるかもしれないだなんて、一大事だからな。そういうわけで、あなたの記憶からその情報は消させてもらう」
セルがそう言った瞬間、セルの片手から赤色の魔法陣が浮かび上がり、ガイザーの頭に赤色の光が流れ込む。そして、あっという間に光は消え、ガイザーは気絶した。
「セル!」
「一部分の限定的な記憶を消しただけだ、本人の体調にはなんら影響はない。すぐに目を覚ますよ」
「でも、そこまでしなくても……」
「前ヘインドル卿の身柄を団員へ引き渡してから、通信魔法で国王へ直接ことの次第を説明した。ガイザー殿の記憶を消せというのは国王直々のご命令だ」
(国王の……!)
そう言われてしまえば、リリアは何も言えない。セルはリリアの横に座り直すと、リリアの片手をそっと優しく握りしめた。
「知らないでいる方がガイザー殿のためにもなる。知ってしまうことで命を狙われる可能性もあるからな」
セルが真剣な顔でそう言うと、小さなうめき声が聞こえて、ガイザーの目がゆっくりと開かれる。
「兄さん……!」
「騎士団長、どこまで話をしていたんでしたか」
目を覚ましたガイザーは、なんてことない顔で話をし始めた。一部の記憶が無いせいだろうか、領主と騎士団長という役職での会話を意識しているようで、敬語で話し始めている。
「前ヘインドル卿が魔物の領地内にどうやって引き入れたか、本人に聞かないとわからないという話を」
「ああ、そうでした。……前領主があんなことをしでかしたんだ、ヘインドル家自体、どんな処罰を下されるかわからない。最悪の場合は領地没収もあり得える」
「そんな!」
リリアが驚いてそう言うと、ガイザーは悲しげに微笑みながら首を横に振る。
「いいんだ。俺は別に領主になりたかったわけじゃない。リリアに苦労させず、一緒に暮らすことができればそれでよかったんだ。でも、それももうどうでも良い」
ガイザーの悲しげな瞳がリリアをジッと見つめている。
「俺はリリアのことを誤解していた。リリアは聖女の仕事を無理して嫌々やっているとばかり思っていた。だけど、違ったんだな」




