34 混乱
それから一週間後。リリアとセルは国境沿いの結界が弱まっているとされる場所へ来ていた。へインドル領地内のため、ガイザーも同行している。
任務の日が決定するまで、セルとガイザーは騎士団長と領主という立場で何度か打ち合わせを行っている。だが、そこに聖女としてのリリアの姿はなかった。顔を合わせてしまえば、ガイザーに何を言われるかわからない。リリアは今回の任務に集中したいという理由で、任務が終わるまではガイザーとの打ち合わせを全てセルに任せていた。
任務になってようやくリリアとガイザーは顔を合わせ、ガイザーは時折リリアに何かを言いたげな顔をして視線を送るけれど、リリアはそれに気づかないふりをしてガイザーとは極力話をしないようにしていた。
(せめて任務が終わるまでは余計なことを考えたくない。私のわがままだというのはわかっているけれど、きちんと結界を修復するためにも集中したい)
目の前の結界には所々にヒビが入り、今にもそこから結界がほころびてしまいそうだった。
「これは確かに人為的なもののようですね。魔物の仕業であればその魔物の魔力や痕跡が少しでも残るはずですがそれがありませんし、何より内側から何かでヒビを入れたような跡があります」
「犯人に心当たりは?」
リリアの話を受けてセルがガイザーに尋ねると、ガイザーは否定するように首を振った。
「わかりません。父の代から領地内の反乱勢力はいましたが、やるならもっと凝ったやり方をするのでここまであからさまにわかりやすい方法をとるような者はいませんね。まあ、もしかするとその勢力が直接的に力を行使しはじめただけかもしれませんが」
「その反乱勢力を注意して見ておいたほうがいいかもしれない。後ほど騎士団に報告をお願いします。こちらでもマークしておきますので」
「わかりました」
セルとガイザーが話をしている間に、リリアは結界に両手をかざして修復をしていた。さほど大きな破損ではないが複数あり、どうしてこんなことをするのだろうかと不思議になる。
(たしかにこのヒビだといずれほころびが生じる可能性はある。でも、結界を壊して隣国の人間が侵入できるようにしたいのであれば、一気に壊してしまった方が早いはず。現に、こうしてほころびる前に修復されてしまうのに……それに、内側からっていうのも気になるわ。その反乱勢力が隣国と通じている、とか?だとしたら余計にこんな中途半端なことをするのは不思議すぎる)
一体、何が目的なのだろうか。結界の修復を終わらせ、リリアは結界を見つめながら考えていると、ふいに嫌な気配がして後ろを振り返る。周囲も騒然としており、セルはリリアを守るようにして立ちはだかった。
(あれは……!)
視線の先には、大きな獣姿の魔物がいる。獅子のような体に顔は二つ、背中にはコウモリのような羽根が生えており、爪は鋭い。
「なっ……!こんな魔物、どうしてここに!?」
ガイザーが驚いていると、セルは眉間に皺を寄せ大声を出す。
「全員、戦闘態勢!魔物を聖女と結界に近づけさせるな!」
「「「はっ!」」」
セルの一声に騎士団員が陣地を組む。その間に、セルはガイザーへ声をかけた。
「へインドル卿、リリアを絶対に守るように」
「……わかりました」
ガイザーが返事をし終わったと同時に、セルは騎士団員たちと共に魔物へ向かって走り出した。
(セル……!せめて強化魔法を……!)
祈るようにして両手を胸の前で組みセルを見つめるリリアの前には、ガイザーがリリアを守るようにして剣を構えている。リリアがセルたちに強化魔法をかけ終えると、二人の元へ一人の人間が歩み寄って来た。
「ガイザー様、ここは危ないです。私がリリア様を先に屋敷へ連れていきましょう。ガイザー様は領主としてこちらにお残りください」
そこにいたのは、ガイザーと共に同行した従者の一人、セドゥクだった。前へインドル卿時代からへインドル家に仕える従者で、ガイザーからの信頼も厚い。見た目は壮年、白髪交じりの短髪に何があっても一切表情が変化しないというつわものだ。
「わかった、リリアを任せる。俺は騎士団たちの手伝いを……」
「あまり無理はなさらないように。あなたは現領主。騎士団で鍛えられたとはいえ、あなたの身に何かあれば困ります」
「……わかった」
苦虫を潰したような顔でガイザーがそう言うと、セドゥクは表情の読めない顔で一瞥すると、リリアへ手を差し出した。
「さ、リリア様、こちらへ」
「で、でも、セルたちが……もしもの時のために、回復魔法や祈りが必要かもしれませんし、私もここに残ります」
「いや、ここは騎士団長たちに任せて聖女様はとにかく安全な場所へ。騎士団長の強さは聖女様も知っての通りでしょう。終わったらすぐに向かいますから」
口調は聖女に対するそれだが、兄として絶対に譲らないというようなガイザーの厳しい表情に、リリアは思わずひるんでしまう。それは今まで見たこともないような気迫を感じるほどだった。
「……わかりました」
ガイザーからの有無を言わさぬ圧を感じてリリアは仕方なく了承し、セドゥクの案内する方へ向かう。セドゥクはガイザーへお辞儀をすると、リリアを連れて馬車の待機する場所まで歩き出した。




