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32 聖女の思い

「セル……それって」

「俺はリリアが聖女の仕事に誇りを持っていることを知っている。だからこそ、リリアが辛い時には支えることのできる唯一の存在でありたいと思っている。でも、それでもリリアが我慢できないほどの重圧に潰されそうになったり、国が聖女の扱いを間違った時、もしリリアが望むのならリリアを聖女の役目から解放してあげたい。そう思っているよ」


 セルのルビー色の瞳の奥がメラメラと燃えている。セルは本気だ。


「そこまで……でも、そんなことしたらセルは……きっとあの騎士のように断罪されてしまいますよ?そんなの嫌です。私を、あの聖女のように一人置いていってしまうの?そんなの嫌です!」


 リリアは思わずセルの腕にしがみつく。だが、セルは動じることなくリリアをジッと見つめる。


「あの話には続きがあるんだ。聖女の力を奪った騎士は断罪され、残された聖女は一人命を絶つ。だが、その後二人の遺体はどこにも見つからなかったそうだ」

「……え?」

「断罪された騎士の遺体も、一人命を絶った聖女の遺体も、どこにも見つかっていない。これはあくまでも推測でしかないが、たぶん当時の国王は二人を見逃したんじゃないか。禁忌を犯すほどの強い思いに免じて、殺すことはしなかった。だが、断罪しないとなると国民が黙ってはいないだろう。表向きは罰したことにして二人はもうこの世にいないことにし、二人はどこか遠い場所で幸せに暮らしていた、のかもしれない。俺は、そう思いたい」


 セルの話にリリアは目を大きく開く。もしもそうであったなら、どれほど良いだろうか。そんな都合のいい夢物語のようなことがあるだろうか。そう、これはあくまでもセルの推測であり、はるか昔のことの真実など誰にもわからない。


「だから、リリアがもし聖女の重圧に耐えきれなくなったら俺は迷わず聖女の力を奪う。それだけの覚悟はいつだってもっている。俺は、リリアのためならどんな禁忌だって犯してみせるよ」

「セル……」


 どこまでも深く、底の見えないセルの思いにリリアは驚愕する。どうしてここまで思ってくれるのか。重すぎるほどのセルの思いを、リリアは怖いと思うよりも愛おしいと思った。


「……セル、そこまで思ってくれているのは本当に嬉しいです。最初は、飲酒が見つかってもう終わりだと思いましたし、それをネタに婚約を迫るセルをちょっとおかしい人だと思いました。実は私のことをずっと思っていてくれていたことにも驚きましたし、どんなにみっともない姿を見せても、どんなに完璧じゃない私でいても、セルは変わらず側にいて支えてくれた。私は、セルがいるから本当の自分を見失わずに聖女という仕事を頑張れているんです」


 リリアはセルの腕を愛おしそうに掴んだまま言葉を続ける。


「私は、騎士団長としてのセルを尊敬しています。いつも覇気が無くて気怠そうなのに、ここぞという時に頼りになる、この国になくてはならない存在です。剣の腕も魔法の腕も一流で、でもきっとそれもあなたのたゆまない日々の鍛錬のおかげなのだろうと思います。そんなあなたの騎士としての姿を、努力を、私はどんなことがあっても奪いたくない」


 セルの瞳を真剣にリリアは見つめる。リリアの美しい紫水晶のような瞳は曇りのない透き通った輝きを放っていて、セルは思わず息をのんだ。


「だから、私はこれからもセルをいっぱい頼ります。重圧に押しつぶされてしまわないよう、セルにうんと甘えて駄々をこねて、お酒もたくさん飲んで、私はセルが禁忌を犯さなくてもいいように、聖女という仕事を頑張りたいです。だから、これからもいっぱい甘えさせてくださいね」


 そう言ってふわっと微笑むリリアに、セルは心の底から愛おしさがあふれ出してとまらない。自分の騎士としての姿を尊敬し、その姿を、そのための努力を、奪いたくないと言ってくれる。だから聖女として頑張るためにこれからも甘えてさせてほしいだなんて、どんな口説き文句だろう。

 セルはたまらずリリアの頬にそっと片手を添えると、リリアは目を瞑ってその手にすり寄った。あまりの可愛さにセルは自分の中の何かがはじけてしまいそうになるのを必死にこらえながら、そっとリリアの唇にキスを落す。


「リリア、愛している。どんなことがあってもリリアを支え、守って見せるよ」


 唇を離して優しくセルがそう言うと、リリアは目を開いてセルを見つめ、嬉しそうに微笑んだ。セルはまたリリアへキスをする。最初は啄むように優しく何度も口づけ、次第にそれはエスカレートしていった。





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