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31 騎士の禁忌

 セルの部屋でリリアはその後もさまざまな果実酒を飲み、楽しい気持ちになっていた。セルと出会うまで飲酒は、リリアにとって隠れるように一人で飲むものだったし、楽しく美味しく飲むというよりも押し殺している自分を解放するためのたったひとつの方法でしかなかった。


「私、お酒を飲むことがこんなに楽しくて美味しいと思えるものだって今まで知りませんでした。セルのおかげです。本当にありがとうございます」


 リリアは嬉しそうに微笑みながらそう言うと、手元の果実酒をくいっと飲む。最初は炭酸割りを飲んでいたが、今はオレンジのお酒のお湯割りを飲んでいた。

 お湯で割ると果実の香りがふわっと漂ってくる。冷えた炭酸水で割ったりアイスにかけて食べたため体が少し冷えていたので、お湯割りのあたたかさで心も体もほんわかとしていた。


「そう言ってもらえてよかったよ。リリアは酒にすごく強いわけではないが弱いわけでもないから、今度は果実酒以外の酒にも挑戦してみよう」

「ふふっ、楽しみです」


 リリアがそう言ってまた嬉しそうに笑うと、セルは手元のグラスをゆらゆらと揺らす。セルはオンザロックで飲んでいたので、グラスの中の氷がカランといい音を鳴らしている。真剣な顔でグラスを眺めていたセルは、その眼差しをリリアへ向けた。


「?」

「リリア、この国の聖女は飲酒を禁止されている。だから、リリアはこっそり隠れて飲酒していたんだよな」

「え、あ、はい、すみません……」

「いや、怒っているわけじゃない。リリアはなぜこの国の聖女が飲酒を禁止されているか知っているか?」

「えっと、はるか昔、聖女が飲酒をして騎士と間違いをおかして聖女の力を失ったからだ、と。でも、騎士と間違いをおかしたから聖女の力が無くなるだなんておかしな話ですよね。その後の歴代の聖女たちは結婚して子どももいる人たちだっているのに。ただ、聖女に飲酒させたくないだけなんだと思います」


 この国の聖女は代々、美しく清楚で全ての存在に優しく穏やかで完璧な、誰もが羨む人物像で描かれている。そんな聖女に飲酒させて粗相を起こされたらその完璧なイメージが壊れてしまう、だから飲酒を禁止しているのだろうとリリアは勝手に思っていた。


「……俺も最初はそう思っていた。だが、本当の理由はそれだけじゃないらしい」

「え?」

「言い伝えに出てくる騎士は、聖女に毒を飲ませたんだ。その毒は、聖女の力を失わせる禁忌の毒だった。それは、その毒単体だけでは力を発揮しない、だが、酒と一緒に飲ませれば力を発揮する」


 セルの言葉に、リリアは目を大きく見開いた。紫水晶のような瞳はセルのルビー色の瞳とかち合う。


「どうして、そんなことを……?」

「その騎士は、聖女に恋をしていたらしい。聖女もまた、騎士に恋をした。だが、聖女は国中の、みんなの聖女だった。聖女の力を持っている以上、誰もが羨み望む、この国の聖女であり続けなければいけない。だから、聖女は騎士への思いを諦め、聖女であり続けようとした。だが、騎士は諦めきれなかった。どんなに聖女への気持ちをなかったことにしようとしても、打ち消そうとしても、聖女を見るたび、話すたび、思いが溢れてしまう。……だから、騎士は聖女に禁忌の毒を飲ませた」


 リリアの喉がひゅっと鳴った。だがセルは気怠げな瞳の奥に燃える炎を隠すこともなく、赤く燃えるルビー色の瞳をリリアへ向け続けている。


「その後、聖女は力を無くしたことで聖女ではいられなくなり、国から見放された。騎士は禁忌を犯したことがバレて罪に問われ、断罪された。騎士を失った聖女は、たった一人森の中で騎士からもらっていた護身用のナイフで自害したそうだ」

「そんな……」


 あまりの悲しい結末にリリアは絶句して言葉がでない。そんなことが本当にあったのだろうか。あったとして、だとすればどうして国はそれを隠し、ただ騎士と聖女が間違いをおかして聖女の力を失ったとしか公表していないのか。


「国が真実を公表しないのは、この世に聖女の力を消すことのできる禁忌の毒があることを知られたくないからだ。もし聖女の存在を良く思わない人間がその禁忌の毒を聖女へ飲ませようとすれば一大事だ。国内だけではなく、国外にもこのことが知れ渡れば、国を超えた事件にもなりうる。だから大事な部分は隠し、飲酒を禁止し続けている」


 セルの話を聞いたリリアの両手からグラスが零れ落ちそうになる。それをセルは掴んでテーブルへ置き、リリアの両手をそっと掴んだ。セルの瞳は相変わらず気怠そうだが、瞳にはメラメラと燃えるような炎が消えることなく宿っている。その瞳を見て、リリアはハッとした。


「まさか、セル、あなたも……?」


 リリアの心臓がドッドッドッと嫌に大きく鳴り、背中に一筋の冷や汗がたれた。そんなはずはないという思いと、まさかという思いでリリアは混乱する。

 だが、そんなリリアを見ながら、セルはフッと微笑み否定するように首を振った。


「いや、俺はそんな禁忌の毒の手に入れ方を知らないし、知りたいとは思わない」


 セルの言葉に、リリアは大きく安堵する。


「だが、リリアにはそういう危険なものがあるということをちゃんとわかっていてほしい」


 僅かだが、セルのリリアの手を掴む力が強くなる。


「リリア、何があっても、酒を飲むのは俺の前でだけにしてくれ」

「もちろんです……!セル以外の人の前でお酒なんて絶対に飲めません」


 真剣な瞳でリリアがそう答えると、セルは小さく微笑んでから目を伏せ、またすぐにリリアを見つめる。


「それならよかった。それから、……もし今後リリアが聖女の仕事に本気で限界を感じて聖女でいることが辛くなったら、一人で抱え込まずに教えてくれ。俺はどんな手を使ってでも禁忌の毒を見つけ出す。その時は、リリアを聖女の役目から開放するよ」



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