3 息抜き
「い、息抜きです。息抜きをしていたんです!完璧な聖女でいることはその、結構大変なので……。たまにこうして一人で息抜きに来てるんです」
「そして、こっそり禁止されている酒を飲んでいると」
ジッと気だるげな瞳で見つめられ、リリアはうっ、と言葉に詰まる。
(うう、怖い、怖いよぉ。せっかく羽を伸ばせると思ったのに、こんなことになるなんて!)
リリアは今にも泣きそうだ。お酒も入っているので余計に感情がぐちゃぐちゃになってしまっている。そんなリリアを見て、セルは小さくため息をついた。
「とりあえずわかりました。少しここで待っていてください。任務を終わらせて他の団員を帰らせたら、すぐに迎えに来ます」
「えっ、迎えに?」
(もしかして、連れて行かれて国王様に報告されてしまう?やだ!どうしよう!)
リリアが青ざめながらセルを見て首をブンブンと振ると、セルはフッと小さく笑う。
「大丈夫ですよ、このことは誰にも言いません。……俺が迎えに来るのを待たずに勝手に帰ったりした場合は、国王へ報告するかもしれませんが」
「ま、待ってます!待ってますから、誰にも言わないで!」
「わかりました。それじゃ、またステルス魔法をかけて隠れていてください。たとえ隠れていても、俺はあなたを見つけることができるので問題ありません」
(……なんでセルは私を簡単に見つけることができたんだろう?)
リリアは頭の上にはてなを浮かべるが、セルはそれを見て苦笑し、その場を立ち去った。
(行ってしまった……)
セルがいなくなり、リリアはまたステルス魔法と結界をはって木の根元に座り、両足を抱えてうずくまる。
(ああ、見つかっちゃった。せっかく、羽を伸ばして安らげる唯一の場所だったのに)
この国の聖女として求められる姿を、リリアはずっと演じてきた。どんな時でもそれを崩すことはなく、みんなの理想とする聖女で居続けた。だが、そんなのは本当の自分の姿ではない。
(本当の私は、おっちょこちょいだし、口を大きく開けて笑うし、怒ることだってあるし、泣くことだってある。誰にでも優しくできるわけじゃないし、苦手なことだってたくさんある。お酒だって大好きだし、全然、完璧なんかじゃない)
うずくまりながらリリアは小さくため息をつく。本当の自分でいることが許されるのはここだけだった。隠れてでもここで自由にしていなければ、本当の自分がどんどんいなくなりそうで、わからなくなりそうで、リリアは怖かったのだ。
片手に持ったままの酒瓶を見つめる。いつもは飲み干すなんてことはしない。
(セルに見つかっちゃったから、今日で飲酒も最後かな。報告はしないって言ってたけど、でももう自由に飲める場所がないもん)
リリアはじっと酒瓶を見つめると、意を決して酒を一気に煽った。
「ぷはぁ!」
喉へカッ!と熱いものが流れていく。その感覚を忘れないようにとリリアは目を瞑り、しっかりと味わった。目を開けてから少しして、顔がどんどん熱くなっていくのを感じる。流石に、酔いが回ってきたようだ。
(セルが来るまでにはきっと酔いも覚めてるはずだし……最後にこれくらい、良いよね……)
そう思いながら、リリアの瞳はだんだんと重くなり、いつしか閉じられていた。
「はあ、寝ちまってる。酒を全部飲んだのか」
セルは他の団員を先に帰し、またリリアの元へ戻ってきた。セルがまたステルス魔法を剣で切り解いてみると、木の根元で横になりすやすやと寝息を立てているリリアがいた。頭をかきながら、さてどうしたものかとセルは考える。
「全く、聖女様には困ったもんだ」
呆れたような顔をしてからフッ、と微笑む。その微笑みは、愛しい相手を見つめるような甘い微笑みだった。