29 甘えてほしい
ガイザーの姿が無くなって、部屋にはリリアとセルの二人だけになった。リリアはセルの腕の中でまだ泣いている。セルはそんなリリアを優しく抱きしめそっと囁いた。
「リリア、よく自分の気持ちを伝えたな。あれならきっとあの馬鹿兄貴もリリアの気持ちをちゃんと考えるだろう。もしあれでもまだリリアの気持ちを考えずに自分の気持ちを押し付けてくるようだったら、今度こそ俺は許さない」
「うっ、ううっ」
セルの言葉に、リリアはセルの腕をギュッと掴んで嗚咽を漏らす。
「リリア、ここはリリアの執務室だ。ここには確か防音魔法がかけられているんだろう?気にせずたくさん泣いていい。ドアには鍵もかかってるし、許可なしに入って来る人間もいない。ここには俺とリリアしかいないんだ」
「セル……ひっく……」
リリアの背中をセルは優しく撫でながら愛おしそうに抱きしめていた。
それからどのくらい経っただろうか。ようやくリリアは泣き止み、そっとセルから体を離した。セルはリリアの顔をのぞきこむと、リリアは泣きはらした目をセルに向け、すぐに視線を泳がせる。
(私ったら、セルにずいぶんと甘え切ってしまったわ)
「ご、ごめんなさい。すごく甘えてしまって……こんなに泣いてしまうなんて自分でも思わなかったから、セルにはすごく迷惑をかけてしまいました」
リリアが申し訳なさそうにそう言うと、セルはフッと微笑んで首をふる。
「いいんだよ、リリアはもっと俺に甘えてくれ。ああ、すっかり目が腫れてしまったな。このままだと誰かに見られた時にまずいだろう」
そう言って、セルはリリアの目元に手をかざす。すると、黄緑色の光が輝き、リリアの泣きはらした目はいつもの綺麗な瞳に戻っていた。
「治癒魔法……!あ、ありがとうございます」
(本当に、何から何までセルにはお世話されっぱなしな気がする)
嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちでリリアが戸惑っていると、セルはリリアを見つめながら優しく微笑んでいる。
「そんなに申し訳ないって顔しないでくれ。俺はリリアに頼られたり甘えられたいんだから、むしろもっと甘えてくれて構わないんだ。遠慮しないでくれ。……と言っても、きっとリリアは甘え慣れてないんだろうからな」
そう言って、セルはリリアをひょいっと持ち上げるとソファに座り、リリアを膝の上に乗せた。
「セ、セル!?」
「俺が勝手にリリアを甘やかすよ。それなら問題ないだろう?」
そう言って、セルはリリアの片手をそっと取り、小さくキスをする。その仕草は大切なものを丁寧に愛おしそうに扱うようで、リリアは胸の奥がむずかゆくて仕方がない。
(なんだか、嬉しいけど恥ずかしいわ。それに、ずっとこうしているわけにもいかないし……)
「せ、セル、あの、そろそろ仕事に戻らないといけないのでは……?会議が終わってから結構時間が経ってますし……」
(私のせいでこれ以上セルの時間を取ってしまうわけにはいかない)
リリアが意を決してそう言うと、セルはンー、と考えるような顔をしてからリリアの瞳をジッと見つめる。
「私はもう、大丈夫ですから」
「……本当に?」
「本当に。セルのおかげでたくさん泣けましたし、心がすっきりしました。兄にきちんと思いを伝えることができたのも、こんな風に思えるのも、何から何までセルのおかげです。本当にありがとうございます」
心底嬉しそうに微笑むリリアを見て、セルは思わず目を見張り、それから俯いて盛大に息を吐いた。
「セル?」
(何か気に障ることでも言ってしまったかしら?)
リリアが心配そうに名前を呼ぶと、セルはすぐに顔を上げてリリアを抱きしめ、リリアの肩に顔を埋める。
「そんな可愛い顔でそんなこと言われたら、離れがたくなるだろう。ああ、仕事になんて戻りたくない。ずっとこうしてリリアを甘やかしていたい」
「なっ、セル!そんな、ダメですよ」
リリアがセルの背中をポンポンと叩くと、セルはリリアの肩に顔をぐりぐりと押し付けている。
(ふふっ、セルってばいつもはかっこよくて頼りがいがあるのに、こういうところはなんだか可愛らしい)
リリアの心にふんわりとあたたかいものが広がり、愛おしさが溢れてくる。セルははぁーっと大きく息を吐いてから、顔を上げるが、その顔は不満と諦めが入り混じっていた。
「仕方がない、仕事に戻るとするよ。この続きは夜、屋敷に戻ってゆっくりとだな」
「えっ、続きって?」
リリアが慌てて聞くと、セルはリリアの唇にちゅっちゅっと何度もキスを落した。一度では飽き足らず、何度も何度も軽いキスをふらせてくる。急なことにリリアは驚いて離れようとするが、セルの腕がしっかりとリリアの体を支えて離さない。ようやく唇が離れたかと思うと、セルはいたずらっ子のような顔でリリアを見て微笑んでいる。
「こういうことだよ」
「なっ……!」
リリアの顔は茹蛸のように真っ赤だ。キスだけでこんなになってしまうリリアを見て、セルは嬉しそうに笑っていた。




