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27 婚約者の怒り

 話がある、とガイザーに言われて、リリアは仕方なくガイザーを執務室へ招いた。もちろん、セルも一緒だ。


(本当はもう話もしたくないけれど……今回の任務ではへインドル卿の領地内だし、話というのもきっとこの任務のことだと思うから、無下にはできないもの。それに、セルもいてくれるからきっと大丈夫)


 不安げにセルへ視線を送ると、セルは大丈夫だというようにリリアの手を優しく握り、静かに見つめ返す。セルのルビー色の瞳は力強く、それだけでリリアの心はふわっと軽くなった。そんな二人の様子を、ガイザーはむかえのソファで複雑そうな表情で見つめている。


「それで、話しというのは?」

「……今回の会議で、聖女の仕事について俺は無知だったということをまざまざと思い知らされたよ。聖女の仕事は誰でもいいわけでもないし、国民にただ媚びを売っているだけでもない。この間は、勝手なことを言ってすまなかった」


 そう言って、ガイザーは深々とお辞儀をする。


(へインドル卿が、……兄が、謝ってくれている?本当に、そう思ってくれているの?)


 リリアは驚いて目を丸くしているが、セルは真顔のまま目を細めてガイザーをただ見ている。


「それをふまえたうえで、もう一度言おう。リリア、聖女をやめて俺と一緒にへインドルの屋敷で暮らそう。リリアの幸せは聖女であることではない。へインドルの屋敷で、俺と一緒に安心して暮らすことだ」

「……え?」


 ガイザーの言葉にリリアはさらに絶句し、セルは眉に皺を寄せて小さく重いため息をついた。だが、そんなことはお構いなしにガイザーは言葉を続ける。


「聖女は表では何も危ないことはせず、笑顔で、皆にとって大切で優しく清らかな存在、ただそれだけだと思っていた。だが、実際は危険な場所へ赴いて聖女の力を奮っている。ちっとも楽な仕事じゃない。むしろ損してばかりじゃないか。自分を犠牲にしてまで他人のために尽くして何になる?この国はリリアが聖女の力を発現させるまでは何十年と聖女がいなかったんだ、聖女なんかいなくても何とかなるんだよ。リリアが危険な目に合っていると知って、より一層聖女という仕事をリリアにさせるべきではないと確信した」


 ガイザーの美しい紫水晶のような瞳がリリアを射抜く。その瞳は、この間よりも力強く有無を言わさぬ圧があった。


「あなたもあなただ。リリアがこんなに危険な目にあっているのに、何とも思わないのか?自分がリリアを守るのが当然?よく言うよ、婚約者だから、だろう?それに騎士団長としての責務を果たすため、それだけだ。本当にリリアを思っているのなら、こんな危険な目には合わせたくないはずなのに、平気で一緒に任務に行っているだなんてどうかしている。そもそも一体、どうやってリリアをそそのかした?お前のようなやつが側にいるからだめなんじゃないか。リリアを返せ」


 ガイザーはそう言ってセルの胸ぐらを掴み、立ち上がる。リリアが慌てて二人の間に入ろうとしたその時、セルはゆっくりと自分の胸ぐらを掴んでいるガイザーの手首を掴み、口を開いた。


「黙って聞いていれば随分と勝手なことばかり言ってくれる。聖女をやめるのがリリアの幸せ?本当にそう思っているのか?……あんたはリリアの話を一度も聞いていない。ずっと自分の考えを押し付けてくるだけだ。リリアがあんたの言葉にどれだけ傷ついているかわかるか?わからないだろうな。あんたはリリアのことを思っていると言いながら、実際は自分のことしか考えていない」


 ググッ、とガイザーの手首を掴む手に力が入る。


「俺がリリアが危険な目に合って何とも思わないのかだと?ふざけるなよ。リリアを危険な目に合わせたくないに決まっているだろう。だからこそ、何があっても俺が全身全霊でリリアを守り抜くと決めている。俺は命に代えてもリリアを守る。だが、俺の命が無くなってしまってはリリアを置いていくことになる。だから命をかけなくてもリリアを守り抜けるように俺は騎士として鍛えぬいてきた。お前に心配される必要のないくらい、俺はいつだってリリアを守れるんだよ」


 セルはそう言いながらガイザーの手首を自分の胸ぐらから引き離していた。セルの掴む力の強さに、ガイザーは痛みで顔を歪め始めているが、セルはそんなこと気にしないとばかりに力を強めていく。


「リリアが今までどんな思いで国の望む、国民の求める完璧な聖女であり続けてきたと思う?お前はそんなこと考えもしないんだろうな。リリアのためだと言いながら、リリアの本当の姿も、気持ちも、考えも、何もわかろうとしない。知ろうともしていない。そんな奴に、リリアを返せと言われてはい返しますなんて言うわけないだろう」


 そう言って、セルはガイザーの手首を突き放し、ガイザーはそのまま後ろにつんのめりソファに倒れこむ。唖然とするガイザーをセルは見下ろしているが、その瞳は冷ややかで今にもガイザーを殺しにかかりそうなほどだ。見たこともないその恐ろしさに、ガイザーの喉がひゅっと鳴る。


「リリア、この馬鹿兄貴に言いたいことがあるならはっきり言った方がいい。言わなければこの男は永遠にわからないだろうからな」




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