24 聖女の力
「……小さい頃からずっと、お前は必要ない、どうしようもない役立たずだと言われ続けていたんです」
リリアの言葉に、セルは瞳をそらさず優しく見つめることで先を促した。
「私は、物心ついた時にはもう、兄と一緒に知らない家にいました。そこは王都からずっと離れた、貧困層の集まる地域で、私と兄は身寄りのない子供たちを集め育てている家に引き取られていたんです」
そこにはリリアとガイザーだけではなく、さまざまな年齢の子どもたちが、身を寄せ合い大人たちに怯えながら暮らす場所だった。
*
「この役立たずが!」
バシッ!と大きな音がして、ドンッと倒れ込む音がする。目の前に、リリアたちを育てている男が一人、そしてその男が殴った少年が一人いた。
「盗みもうまくできないんじゃ、ここで生きていくなんて無理だぞ。食いっぱぐれたくなかったら、もっといいもん盗ってこい!……ああ?なんだその目は?反抗的な目をしやがって!」
男を睨みつける少年の胸ぐらを掴み、男はまた少年を殴った。
「ちょっと、あんまり傷をつけたら売る時に値が下がっちまうだろ。その辺にしときなよ」
部屋の中でフーッと煙を燻らし、壁に寄りかかった女が言う。すると、男はチッと舌打ちしてから少年を床に突き飛ばした。少年の周囲に、他の子どもたちが群がって少年を心配している。リリアとガイザーも少年の近くに来て心配そうに覗き混んでいた。そんなリリアとガイザーに気づいた女が、ニヤリと笑う。
「やっぱりその兄妹は見栄えがいいわね。成長したら高く売れそう。お願いだからその子たちには見えるところに傷をつけないでおくれよ」
「わかってるって。見えるところにはつけてないからよ。しかし、兄の方は出来がいいが、妹の方は本当に見た目しかいいところがない。鈍いしトロイしミスしてばかりだ。何も使えやしない」
「全く、困ったものね。使えるのは見た目だけ。見栄えが良くてよかったわね、役立たず」
リリアとガイザーを二人は卑しい目で見て嘲笑っている。ガイザーは小さなリリアをぎゅっと抱きしめ、リリアもガイザーの腕の中で震えていた。
*
「いつも子どもたちの誰かが大人たちに怒られて殴られるような場所でした。私も兄も、顔には手を出されませんでしたが、ミスしたり気に食わないことがあると鞭で背中を打たれたりしたんです。それでも、いつも兄が私のそばにいて守ってくれました。そんなある日、突然兄が行方不明になったんです。子どもたちが突然売りに出されていなくなるのはいつものことで、兄もきっとそうなったんだとばかり思っていました」
だが、大人たちも突然ガイザーがいなくなり騒いでいたため、リリアは兄が売られたわけではないと知る。しかも、ガイザーは一人で勝手に逃げ出したのではないかという疑惑も生まれ、その怒りの矛先はリリアへ向けられることになる。
「大人たちはお前の兄はお前を捨てて一人で逃げた最低の男だとか、お前がそばにいながらどうして一人だけいなくなったのだとか、挙げ句の果てには兄がいなくなったのはお前がダメすぎて面倒を見切れなくなったからだと言われるようになりました」
自分の腕をぎゅっと掴み、苦しそうに過去を思い出すリリア。そんなリリアを、セルも苦しそうに見つめていた。
「そう言われ続けているうちに、本当に私がダメだから、ダメな妹だから兄は一人でいなくなったのだと思うようになりました。私は本当にダメな、役たたずで兄にさえ見捨てられるような妹だと。それでも、生きていくためにはあの場所でなんとかするしかないと、毎日を耐えていたんです」
そんなある日、リリアに聖女の力が目覚める。それはリリアが十二歳の時だった。
「私に聖女の力が現れた時、私が成長したら高値で売りに出そうと思っていた大人たちは慌てていました。この力が国にバレたら、私は国に持って行かれて売りに出すことができなくなる。最初、大人たちはどうやって隠し通そうかと話し合っていましたが、むしろ聖女を差し出すことで報酬が貰えるだろうと算段し始めたんです」
そんなある日、突然王都から使者がやってた。
「聖女の力が発生すると、王都にある聖女の宝玉というものが光輝いて聖女の場所を教えるんだそうです。それであっけなく私は見つかり、使者がやってきました。大人たちは、私を差し出す代わりに報酬を寄越せと交渉し、交渉が成立すると私はあっさり使者へ渡されました」
ーー聖女としてでしかお前には価値がないんだ。国に、国民に認められなければお前なんて意味がないんだよ。しっかり働くんだな
「聖女の力が出現して使者へ引き渡されるまで、大人たちにずっとそう言われ続けてきました。私は聖女としてでしか価値がない。国と国民に認められなければ意味がない人間。そう思って、国に保護されてから聖女として働く今まで、ずっと完璧な聖女としてあり続けようとしてきたんです」




