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23 悲しみと怒り

「うっ、ううっ、ぐすっ」


 自室に一人戻ったリリアは、ベッドの上で膝を抱えながら泣いていた。


(突然目の前に現れたことにもびっくりなのに、あんな、あんなこと平気で言わなくても……!)


 この国の聖女はお飾りで、いてもいなくても本当は構わない。リリアもたまに陰でそう言われているのを聞いたことがある。だが、まさか実の兄にまでそんな風に思われているとは思わなかった。


(急に兄だと言われてびっくりしたけど、それでも会えて嬉しかったのに。私をずっと探してくれていたと知って、嬉しかったのに)


 リリアは浮かび上がってくる涙を止められずにいた。


 コンコン


「リリア、入ってもいいか?」

「……はい」


 セルの声がして、リリアは急いで目元を拭きドアへ目を向けた。部屋に入ってきたセルは、リリアの顔を見て辛そうな表情をしてベッドまで歩いてくる。そして、ベッドサイドへ静かに腰をかけた。


「リリア、大丈夫か?」

「急に部屋を飛び出してしまい、すみません。ヘインドル卿……兄は?」

「帰ってもらった。もう二度と、リリアに近づくなとも言っておいた」

「そう、ですか。何から何まですみません」


 セルは気にするなと言わんばかりに首をふり、申し訳なさそうに微笑むリリアの頬を優しく撫でる。


「リリア、無理して笑う必要はない。俺の前では、強がったり完璧でいようなんて思わなくていいと言っただろ。泣いてもいいんだ。悔しがってもいいんだよ」


 セルが低く通る声で優しく言うと、それを聞いたリリアの表情がだんだん変化していく。微笑んでいるのに、まるで悲しいと言わんばかりで目からはポロポロと涙が溢れていく。


「うっ、ううっ、セル、セル……!」

「ああ、いいよ。泣きたいだけ泣けばいい」


 そう言ってセルは優しくリリアを抱きしめた。セルの腕の中で、リリアはうーっとうめき声を上げる。


「わ、わたし、せいじょのしごと、あんなふうに言われるなんて、くやしくて……!うれしかったのに、会えて、嬉しかったのに……!」

「ヘインドル卿は聖女の仕事のなんたるかを知らない。そんな人間の言うことなんて気にしなくていい。リリアがどれだけいつも頑張っているか、聖女になってからどれだけ頑張ってきたか、俺はちゃんと知っている」


 国民へ知らされている聖女の仕事内容は、毎日祈りを捧げること、国の重要な会議に出席すること、式典に出席すること。だが、本当はそれ以外にも、任務で重傷を負った騎士の治癒や呪いを解くこと、瘴気の発生する土地の浄化など多岐にわたる。

 時には危険な場所へ赴くこともあるが、国は久々に誕生した聖女をこれでもかと言うほど祭り上げているため、大切な聖女を危ない目に遭わせていると知れたら国民から抗議されてしまう。そのため、聖女の仕事は危険なことなどない、事務的なものばかりだとあえて国民には思わせているのだ。


 それに、国は聖女のノベルティグッツなどにやたらと力を入れているため、聖女を国のマスコットキャラクターのように扱っていると勘違いされてもおかしくない。

 そのため、聖女はただ笑って媚を振っているだけだと思う国民も一定数おり、それはリリアもわかっていた。別にそれでいいと思っていたし、危険な業務のことは隠し通すことも聖女の仕事の一つだと思っていた。聖女がいてもいなくても構わないと思われるのはそれだけ平和な証拠だと、自分でも思い込もうとしていたのだ。


(でも、でも!兄にそう思われるのだけは、あんな風に言われるのだけは、どうしても許せない!)


 あまりの悔しさに腹の底から何か黒々しいものが込み上げてくる。ぎゅうっと力一杯セルの服を掴むリリアの背中を、セルは優しく撫でていた。


「突然急にいなくなったくせに、また急に突然現れてずっと心配していた、ですって!?急に兄貴ヅラしたかと思えばセルのことも認めないだの、一緒に来いだの、挙句の果てに聖女の仕事は大したことないだろですって?馬鹿にしないで!私が、私が今までどんな思いで……!」


 言葉に詰まるリリアの背中を、セルはポンポン、と優しく叩く。だが、そんなセルの表情は夜叉のような怒りに満ち溢れた顔をしていた。


「ヘインドル卿は幼い頃に連れ拐われたと言っていたが、それからリリアは一人で大変だったんだろう。聖女の力が現れるまでも、現れてからも、リリアは一人でずっと色んなことに耐え、頑張ってきた。悔しくて当然だ」


 セルの言葉を聞いて、リリアはセルの腕の中からそっと体を離す。そして、セルの両腕を掴みながら俯き口を開く。


「……小さい頃からずっと、お前は必要ない、どうしようもない役立たずだと言われ続けていたんです」



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