22 誤解
「そもそも騎士団長であるあなたと聖女であるリリアがなぜ婚約するのかがわからない。どうせリリアは何か弱みでも握られて無理やり婚約させられでもしたんだろう?そうでなければおかしい」
ガイザーの言葉にリリアは一瞬ドキッとする。だが、顔には出さずにただガイザーを見つめた。
「リリア、騎士団長は確かに強い。それに騎士団長としては優秀な方だ。だが、女性関係では良い話を一つも聞かない。むしろ良くない話ばかりだ。そんな男に、大切な妹を渡すわけにはいかないんだ」
(またその話……)
リリアの顔もさすがにひきつってくる。ガイザーがこの間の夜会にいてあの光景を見ていたなら話ははやかっただろうが、残念ながらガイザーはあの日のことを知らないのだろう。
「その話でしたら、セルにきちんと確認をとって誤解だということがわかっています。セルはこう見えて誠実な方です」
「こう見えてって……」
セルはまいったなという顔で頭をかく。だが、ガイザーは納得がいかないという顔をして首をふる。
「リリアは騙されているんだ。騎士団長は頭がキレるから話もうまい。どうせ言いくるめられているんだろう。それに」
ガイザーは美しい紫水晶のような瞳をリリアへ向ける。その瞳には有無を言わさぬ圧があり、セルはそれを見て眉をしかめた。
「リリアは聖女として無理をしているんだろう?いつでも完璧で美しく清らかな聖女であり続けようとしている。俺にはわかるんだ。リリアは小さな頃、とても活発で豪快に笑う笑顔の耐えない子だった。ドジでおっちょこちょいで目が離せなかったのに、今はまるで真逆じゃないか。絶対に無理をしているに決まっている」
(うっ、正論すぎて反論できない……)
リリアが視線をそらし思わず黙っていると、ガイザーはさらに言葉を続ける。
「リリア、聖女なんて辞めて俺と一緒にヘインドルの屋敷へ行こう。父上にはまだリリアのことは話していないけど、どうとでもなる。聖女の仕事なんてどうせ対したことはしていないんだろう?ただみんなの望むように笑顔を作って愛想をふりまき、国民に媚をふる。そんなことのためにリリアが無理をする必要はない。今の時代、聖女なんていてもいなくても困らないんだ」
ガイザーの言葉に、リリアはハッとして目を見張る。
「それは……本気でそう思ってらっしゃるのですか?」
「ああ。俺だけじゃない、きっとみんな心の中では思っているよ。この国の聖女はお飾りの聖女で、別にいてもいなくても本当は何も問題ないってね」
リリアの問いに、ガイザー当然のように答える。それを聞いて、リリアは絶望した表情になり、すぐに顔を伏せた。
「……そんな風に思われていたんですね。わかりました。もう結構です。突然現れた兄に、そこまで言われる筋合いはありません。もうお帰りください」
リリアは立ち上がり、ドアまで足早に歩いていく。そして、くるっと振り返るとガイザーをキッと睨みつける。そのリリアの瞳には涙がいっぱい浮かんで今にも零れ落ちそうだ。
「もう、もう二度と私の目の前に姿を現さないでください!」
そう言って、リリアは部屋から出ていき、ドアをバンッ!と盛大に締めていった。
「リリア……?」
突然のことにガイザーは不思議そうな顔でドアを見つめている。どうしてあんなに怒っているのかわからないという顔をするガイザーを、セルは厳しい顔で見つめ、口を開いた。
「あなたは確かにリリアの兄なのかもしれない。だが、言っていいことと悪いことがある。もしさっきの言葉があなたの本心だとしたら、俺はあなたを許さないし二度とリリアに近づけさせはしない」
そう言って、セルは唖然とするガイザーの腕を掴み無理やり立たせてドアの前まで引きずっていく。
「あなたはずっと隠されるようにして生きてきたから知らないのかもしれないが、聖女という仕事はそんな甘いものじゃない。ただみんなの望むように笑顔を作って愛想をふりまき、国民に媚をふる?ふざけるなよ」
セルはガイザーの胸ぐらを掴み、鬼の形相で睨みつける。あまりの気迫に、ガイザーはひゅっと喉を鳴らした。
「リリアがこの国のために聖女としてどれだけ働き、貢献してきていると思っているんだ。何も知らないくせにわかったような口をきくな。でかい口叩きたいなら一からこの国の聖女について勉強してきてからにするんだな」
そう言って、セルはガイザーの胸ぐらを掴んでいた手を思い切り突き放す。ガイザーは思わずよろめき、尻もちをついた。
「さて、ヘインドル卿。そろそろお帰りいただきましょうか。そして、二度とこの屋敷に、リリアに近寄るな。近寄ってみろ、俺は絶対にお前を許さない。息の根を止めてやる」




