21 兄の思い
「セル……!」
驚くリリアを守るように、セルはリリアの隣に座る。そして厳しさを宿したルビー色の瞳をガイザーへ向けた。
「一体、どういうことなんですか?ヘインドル卿が、私の実の兄って……」
「ヘインドル卿について徹底的に調べ上げた。リリアとヘインドル卿……ここではガイザー殿と呼ぼう。ガイザー殿は、前ヘインドル卿の実子だが、正妻との間にできた子ではなく、当時屋敷で働いていたメイドとの間にできた子だ」
セルの話はこうだ。ガイザーは正妻に酷く嫌われていたがその時点で屋敷から追い出されることはなかった。だが、数年後にリリアも生まれることになる。
流石に二回も不貞を行われた正妻は怒り心頭でリリアが生まれてすぐ、リリアとガイザーは屋敷から追い出され、貧困層の街で暮らすことになった。
「メイドだった二人の実の母親は前ヘインドル卿の正妻によって屋敷から追い出され、リリアたちとも離れ離れにさせられた。調べてもどこで何をしているのか不明だから、きっとどこかで死んでいる可能性もある」
淡々と話し始めるセルだが、リリアは話を聞いても頭が追いつかない。呆然とセルを見つめるが、ガイザーはなんてことない顔でセルの話を聞いている。
「追い出されたリリアとガイザー殿は貧困層の街でその日暮らしの生活を余儀なくされていた。そんなある日、ガイザー殿は突然リリアの前から姿を消す。ガイザー殿は、前ヘインドル卿の手のものに拐われたんだ。理由は、前ヘインドル卿の後継とされていた子どもが流行病で亡くなったからだ。後継をなくした前ヘインドル卿は、慌てて死んだ子どもと同じ年齢のガイザー殿を自分の後継にすることにした。貴族の間では外でできた子を後継にするなんてことはザラにあることだから、誰も何も言わない。ただ、メイドとの間に出来た子でそのメイドは行方しれず、ということが表に出るとあまり印象がよろしくない。だから、ガイザー殿は正式に後継になるまで隠されていたんだ。そうだろう?」
セルがそう尋ねると、ガイザーは腕を組みソファにのけぞりながらフフッと笑った。
「すごいですね。一体どうやってその情報を?全くもってその通りですよ。俺とリリア様、いや、リリアは前ヘインドル卿の隠し子だ。そして、後継とするために俺だけが屋敷に連れていかれた」
ガイザーは美しい紫水晶のような瞳をリリアへ向けると、ズイッと身を乗り出す。
「リリア……本当に大きくなって!ずっとずっと探していた。俺だけがヘインドルの屋敷へ連れて行かれてから、ずっとリリアのことを思ってたんだ。いつか絶対に見つけ出して、リリアにも良い思いをさせてあげたい。もう絶対に寂しい思いはさせないと」
そう言って、身を乗り出したままガイザーはリリアの両手を掴んだ。セルは一瞬険しい顔をするが、何も言わずに静観している。
「そ、そんな……急に言われても、何がなんだか」
(急に現れて急に生き別れた兄だなんて言われても……でも、どこかで会ったような気がしたのはそのせいだったのね。確かに、髪の毛も瞳の色も同じだし、何よりお兄ちゃんの面影がある)
リリアは戸惑いながらもガイザーをじっと見つめる。再会できたのは嬉しいが、だがあまりに急すぎて思考が全く追いつかない。何をどう言っていいかもわからず、リリアは口を開いては閉めを繰り返した。
「そろそろ手を離してあげてくれないか。リリアが戸惑っている」
リリアの手からガイザーの手をゆっくりと引き離すと、セルは身を乗り出してるガイザーを押し戻した。そんなセルに、ガイザーは乾いた笑いをむけてから目を細めてふん、と鼻を鳴らす。
「ははは、さすがは騎士団長。リリアの夫になるだけのことはある。リリアのことを第一に考え行動するのは良いことです。ですが、俺はあなたを正式にリリアの婚約者と認めたわけじゃない。いいですか、リリアには家族がいないと思われていたから婚約だって簡単にできたのでしょう。ですが、ここにリリアの親族がいる!血の繋がった歴とした家族だ!俺がリリアとあなたの中を正式に認めない限り、リリアと結婚できるとは思わないでいただきたい!」




