20 聖女の過去を知る男
「へインドル卿!?どうしてこちらに?」
驚くリリアに、ガイザーは微笑んだままきょろきょろと周囲を見渡す。
「なるほど、こちらがリリア様の住むお屋敷なのですね。騎士団長のお屋敷に住んでいると聞いていましたが、快適そうで何よりです」
(えっと、こちらの疑問に何も答えてくれない?)
ガイザーの様子にリリアが面食らっていると、ガイザーは意に介さない様子でソファに座る。それを見て、リリアは慌ててむかえのソファに座った。
「あの、もう一度お聞きしますが、どうしてこちらへ?」
「ああ、リリア様に会いに来た理由ですか?会いたかったからです」
にっこりと満面の笑みを浮かべ、ガイザーはきっぱりと言い切った。その堂々とした様子に、リリアは唖然として目を丸くするしかない。
(意味が、わからないのだけれど?)
「リリア様は聖女としてお忙しいでしょう。会いたいと思ってもお仕事の邪魔になってはいけないと思い、なかなか会いに行けません。今日はお休みだと聞いたので、それならお屋敷に行けば会えるだろうと思ったので会いに来ました。事前にアポも取らず来てしまったのは申し訳ありません。でもこうしてお会いできて良かったです。リリア様とは一度じっくりお話してみたいと思っていたんです」
そう言ってから、リリアへ向ける瞳の熱量がグンッと上がる。
(また、この視線……!)
リリアの背筋がひんやりとする。まるで見つけた獲物を絶対に逃さないと言わんばかりの視線だ。思わずその場から逃げ出したい思いだが、リリアはいつものように完璧な聖女としての表情を崩さず、ガイザーを見つめる。
「お話、というのは?」
「そうですね、特に、……リリア様の生い立ちについて、とか」
そう言って、にやりとガイザーは嫌な笑みを浮かべた。その言葉と表情に、リリアは一気に警戒心を持つ。聖女の生い立ちについてはトップシークレットだ。国で厳重に管理され、どこにも流出していない。好奇心で聖女の生い立ちに興味を持つ人間は少なくないが、わざわざこうして面と向かって話したいと言う人間はなかなかいない。
「生い立ち、ですか?」
「ええ、聖女の生い立ちはトップシークレット。国の上層部しか知らないことですし、徹底的に隠されています。でも、俺は知っているんですよ。あなたは赤ん坊のころに捨てられ、とある家に引き取られた。そこでは貰われた子どもだからと酷い待遇を受けて育っていました。でも、あなたはそれでも幸せだったはずだ。なぜなら、優しくて頼れる実の兄がいたから」
ガイザーの話を聞きながら、リリアは両目を大きく見開いてガイザーを見つめている。小さく震え始める両手を必死に握り締めなんとかこらえていた。
「だけど、その兄は突然あなたの前から姿を消した。唯一の心の拠り所を失い、あなたは絶望したでしょう。それでも、生きていくしかなかった。そうして、なんとか日々を乗り切っていたある日、聖女の力が目覚めた。そのおかげで、あなたは今、こうして聖女として輝かしい生活を送っている、そうですよね」
「どうして、私の過去を知っているのですか……!?誰も、国の偉い人たちしか知らないことです!それを、どうしてあなたは……」
(あり得ない、私の過去を知っているだなんて、あり得ない!誰がこの人に話したの?どうして?何のために!?)
驚愕するリリアを見ながら、ガイザーは微笑み口を開こうとする。
「それは……」
「それは、その男がリリアの実の兄だからだ」
(!!)
突然声がしてリリアとガイザーは驚く。声のする方を見ると、いつの間にか部屋に入って来たセルが険しい顔でガイザーを睨みつけている。セルの登場にガイザーは驚いて目を見開くが、すぐに目を細めてふん、とひとつ鼻を鳴らし、すぐに取り繕った笑みを浮かべる。
「これはこれは騎士団長。お邪魔しています」
「リリアの休日に突然やってきてどういうつもりだ」




